



『ロックン・ロール・ショウ 80/83[DVD]』RCサクセッション
※80年久保講堂でのRCサクセッションを観ることができる。
ボブ・ディランが来日する。8回目のライヴだ。
そして、15年ぶりのホール・ツアーだという。
実はこの15年の間に、2010年、14年と、2回のライヴ・ハウス・ツアーで来日している。
2010年の来日は、わたしも観た。臨海副都心、お台場にあるZepp Tokyoだった。一部、指定席もあったが、ほとんどはスタンディング、立ち見だった。14年の来日は、立ち見がつらいので行かなかった。
そういえば、わたしは1977年21歳のときに、ロンドンに1カ月ほどホームステイをしたのだけれど、そのとき、ロンドンのライヴ・ハウス、マーキー・クラブに行った。パンクが全盛の時代だった。マリファナのにおいが充満していて、ローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリン、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、そして、ジミ・ヘンドリックスも演奏していた、あのマーキーに来ているのだということだけで、わたしは興奮していた。しかも、まわりはパンク、パンク、パンクのファッションをした若者でいっぱいだ! でも、そのとき観たバンド名がすぐ思い出せない。名前を知ってはいるが、パンクの代表とまではいかないバンドだった。
ここで体験したのが、立って聴くライヴだ。
今では、大会場でも立って聴くのがあたりまえになってきた。先日、マドンナのライヴに行ってきたが、2時間遅れではじまった。あの、さいたまアリーナだ。ほとんどの人が、最初から最後まで立ちっぱなしだった。ライヴの内容は、1曲1曲、まるでひとつのプロモーション・ビデオでも見ているかのように演出された演奏だった。堪能した。
さて、話は戻って、マーキーでのライヴは、全員総立ちで踊りながら聴くのだが、まるでもみ合いのように、からだを押し付け合い、しかも、パンク特有の縦に飛び上がりながら演奏を楽しむのだ。そして突然、血まみれの男が、ひときわ激しく客席に躍り出てきた。
わたしがびっくりして見ていると、一緒に行ったロンドンで友達になった連れが、「あの血糊は、やらせだな」と言った。
そんなロンドン・ナイトを体験して帰って来て、しばらくして、当時はまだ渋谷にあったライヴ・ハウス「屋根裏」で、RCサクセッションを観た。80年1月の『《雨あがりの夜空に》発売記念コンサート』だ。《ぼくの好きな先生》のイメージがあったRCだが、古井戸を解散した仲井戸麗市が正式メンバーとして参加したこのときのライヴは、まさにロック・バンドで、いつのまにこんなにかっこよくなったのだ?!と思ったものだ。しかし、この時に違和感を覚えたのは、観客が全員、椅子に座って聴いていたのだ。つまり、まだこの時は、ライヴ・ハウスでも、立って聴くという習慣がなかったのだ。
信じられないという人がいるかもしれないので、わかりやすい例をあげよう。
ビートルズのライヴ映像を見ると、女の子たちがキャーキャー泣き叫んでいるが、みんな座って泣き叫んでいるのだ。警備の人も、立ち上がると座るように促している。つまり、コンサートでは立ってはいけなかったのだ。
RCのライヴの帰り道、立ってからだを動かし、踊りながら聴けたら、もっと楽しかったろうな、と思ったものだ。いっしょに行った女の子に「ロンドンでは、立って、踊りながら聴くんだ。きっと、日本もそうなるよ!」と話したが、その子は、「へ~、よく、わかんない」てな、感じだった。
さて、ボブ・ディランだが、今でも元気に新作を発表し、ツアーを敢行している。近年でも、2012年に『テンペスト』、2015年に『シャドウズ・イン・ザ・ナイト 』といった具合に発表している。最新の作品は、スタジオ・アルバムとしては36作目となり、内容も充実している。
そして、新譜とは別に、ブートレッグ・シリーズとよばれる一連の作品群がある。これらは、それまで未発表であった曲、発表された曲の演奏の違うもの、そして、ライヴ演奏などである。実は、わたしにとっても、多くの往年のファンにとっても、こちらの方がうれしいのではないだろうか?!
このシリーズ、すでにvol.12まで出ている。今回は、シリーズ12作目の『ザ・カッティング・エッジ1965―1966』について、書いてみたい。
と書いたところで、今回の文字数がいっぱいになってしまったので、この、ロックの歴史を変えたとまで言われる歴史的傑作アルバム3枚のセッション音源については、次回に続くということにしよう。 [次回3/9(水)更新予定]
■来日情報はこちら
http://udo.jp/Artists/BobDylan/