1998年7月に起きた「和歌山毒物カレー事件」。夏祭りで提供されたカレーに猛毒のヒ素が混入し、4人が亡くなった。事件は連日メディアに報じられ、近くに住む林眞須美氏が逮捕。容疑を否認しながら2009年に死刑判決が下された。あれから26年、事件を再検証する衝撃のドキュメンタリー「マミー」。二村真弘監督に本作の見どころを聞いた。
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和歌山毒物カレー事件が起こった当時、僕は日本映画学校の学生で報道やワイドショーをずっと見ていました。2019年に林氏の長男が本を出版し、そのトークイベントに興味本位で参加したんです。某テレビ局のドキュメンタリー撮影班が取材に来ていて、そこで初めて冤罪の可能性があることを知りました。結局番組が放送されなくなったと聞き、長男に連絡をとってみたんです。僕自身も冤罪かは半信半疑でしたが、この事件を検証したものがあまりない。ならば白黒どちらに転んでもいい、検証の過程をYouTubeで配信しようと考えて、長男も林氏の夫・健治氏も協力してくれました。
取材をはじめてまず検察庁が裁判資料などをなかなか表に出してくれないことに驚きました。海外では情報をオープンにしてそのうえで検証しましょうという空気があるのに、日本では判決文を読むことすら難しい。いかに閉鎖的で検証をさせないような制度になっているかを実感しました。現場となった地区で一軒一軒を訪ね歩き、答えてくれない方もいましたが、話したがっている方もいると感じました。僕が「冤罪では?」という思いに至ったのは林氏の動機についてその場にいた地元の主婦たちの証言が検察の主張とまったく異なること、そしてヒ素の鑑定についての専門家の見解の相違です。
取材を進めるなかでメディアのあり方について考えさせられました。当時のメディアスクラムの過剰さ、その報道がミスリードになり有罪判決が下されたのではないか? この事件を検証することは報道側、そしてそれを見ていた私たちに刃を向けることになるのです。自分への戒めも含め、彼女が犯人だという前提を取り除いた上でもう一回検証することが正しいあり方ではないかと感じています。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2024年8月5日号