『ライヴ・アット・ピットイン』
『ライヴ・アット・ピットイン』
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 サン・ラは古代エジプトの「太陽神」、アーケストラはアーク:方舟とオーケストラの造語だ。1914年5月22日に地球救出の命によりバーミンガムに降臨したとされる。ファンの二極化にかけては、サン・ラは前回のジョージ・ラッセルどころではなかろう。夥しい数の作品を追う者がいる一方で、作品を一作たりとも聴いたことのない者もいる。知名度の問題ではあるまい。周りのジャズ・ファンではない者でも知っているのだから。思うに「アース・ウィンド・アンド・ファイアー」に先駆けた宇宙+古代エジプト趣味、汎ブラック・ミュージックというべき楽想、黒人芸能の伝統を体現したパフォーマンスが下手物のような先入観を与えるのではないだろうか。そういう意味では我がローランド・カークに似通う。カークといえば、サン・ラは名前をパクられたと思っていた節がある。「サン・ラ、サン・ラ」と唱え続けると、たしかにラサーンになるではあーりませんか。

 そんな胡散臭いことこのうえないと感じる者もいるサン・ラだが、ひとたびその音楽を聴けば、それが元祖&永遠の前衛、エリントンの流れを汲むブラック・ミュージックで、アーリー・ジャズをダイレクトに前衛化したようなユニークで楽しいものと知るのだが。畏友、東司丘興一(としおか・こういち)君の「陽気なミンガス」という喩えは面白い。サン・ラの音楽に意を決して接し耳を奪われたなら遠からず熱烈なファンになるだろう。

 1988年7月、サン・ラは我が国に来臨遊ばされる。再臨のないまま1993年5月30日に土星に召還されたので、これが唯一の来臨となった。「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」出演のほか、渋谷「クアトロ」と新宿「ピット・イン」でのライヴが知られる。推薦盤は後者で収録された。当夜は超満員で、同所が興奮のルツボと化した様子は盤にも刻まれている。同年、レコード、CD、ピクチャー・レコード、EP3枚組が発売された。

 巻頭はフリー・フォームの《イントロダクション~コスモ・アプローチ・プレリュード》。打楽器の饗宴に始まり終盤は集団即興に。ドシャメシャの阿鼻叫喚で痛快なカタルシス!

《エンジェル・レイス~アイル・ウェイト・フォー・ユー》はシャッフル・スインガー。全合奏がパワフルでノリノリならヴォーカルとコーラスのエエ加減な掛け合いも楽しい。

《キャン・ユー・テイク・イット?》はフレッチャー・ヘンダーソン楽団をカバーしたファスト・スインガー。割と忠実なのに新鮮に響き、猛者連の好ソロがスポットされる。

《イフ・ユー・ケイム・フロム・ノーホエア・ヒア》はミディアム・ワルツ。低音系の反復を縫うスペイシーなシンセ・ソロや高音系の合奏、熱いテナー・ソロと聴き所満載。

《アストロ・ブラック》はスペイシーな予想を裏切るミディアム・ビートの黒人演歌。場末感が漂うなか、テナーが咆哮しペットが闇を切り裂きヴァイオリンが軋みをあげる。

 ご存知《プレリュード・トゥ・ア・キス》はエリントン楽団をカバーしたミディアム・スインガー。オーソドックスな場面転換かと思いきやアルトが狂おしく捩れて面目躍如。

 スタンダードの《ホワイ・ワズ・アイ・ボーン?》は速めのミディアム・スインガー。真っ当なスイング・スタイルで、テナーが直向きに歌い上げ、ピアノがキュートに綴る。

《インターステラー・ロー・ウェイズ》はゆったりしたテンポのバラード調。お馴染み《テンダリー》を寸借した?モチーフを伴って淡々と進行する格好のクール・ダウンだ。

 例によって廃盤だが入手難というわけではない。同一内容でジャケなしのピクチャー・レコードと、これらとは収録曲がダブらないEP3枚組は枚数限定盤とあって激レアだ。音さえ聴ければいいのなら公演を演奏順に完全収録したと見られるデジタル版もあるが、推薦した通常盤に比べると聴き劣りする。多くの場合、ライヴには冗長、出来ムラ、同工異曲が並ぶなどのムダが付き物で、コンプリートは必ずしも「完璧」を意味しないのだ。適切な選曲と配置の工夫が望まれるわけで、推薦盤はこの課題を立派にクリアしている。優れた編集手腕により星半分は勝る仕上がりで、「太陽神」の誇らしげな雄姿をとらえた内山繁氏のジャケ写も光る通常盤が一番だと思う。なるだけ音量を上げてお聴きあれ! [次回3/7(月)更新予定]

【収録曲】
Live at Pit-Inn, Tokyo, Japan, 8,8,1988 / Sun Ra Arkestra

1. Introduction - Cosmo Approach Prelude 2. Angel Race - I'll Wait for You 3. Can You Take It? 4. If You Came from Nowhere Here 5. Astro Black 6. Prelude to a Kiss 7. Why Was I Born? 8. Interstellar Lo Ways

Recorded at Pitt-Inn, Shinjuku, Tokyo, on August 8, 1988.

Sun Ra (p, syn, vo), Michael Ray (tp, vo), Ahmed Abdullah (tp), Tyron Hill (tb), Marshall Allen (as), John Gilmore (ts, timb), Danny Thompson (bs), Leroy Taylor (cl, bcl), Bruce Edwards (g), Rollo Rodford (b), Eric Walker, Earl "Buster" Smith (ds), June Taylor (vo, vln), Judith Holten (dance).

※曲名について、推薦盤の表記は原題、邦題ともに適宜改めた。

【リリース情報】
1988 LP/CD Live at Pit-Inn, Tokyo, Japan, 8,8,1988 / Sun Ra Arkestra (Jp-DIW)
1988 Pic LP Live at Pit-Inn, Tokyo, Japan, 8,8,1988 / Sun Ra Arkestra (Jp-DIW)
1988 3EPs  Live at Pit-Inn, Tokyo, Japan, August 8, 1988 / Sun Ra Arkestra (Jp-DIW)
2015 MP3  The Pit Inn 8-8-88 / Sun Ra (Enterplanetary Koncepts)

※このコンテンツはjazz streetからの継続になります。

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