『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』今井 むつみ 日経BP
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 「自分の伝えたいことが相手にうまく伝わらなかった」という困りごとは、誰もが一度は経験しているのではないでしょうか。依頼した通りのものができあがらなかった、勘違いされて物事が首尾よく進まなかった、一生懸命説明しても部下や子どもの理解度が上がらない、などなど......。

 これは「言い方」の問題ではなく、そもそも「心の読み方」の問題だというのは、認知科学者で慶應義塾大学環境情報学部教授でもある今井むつみさん。今井さんの新著『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』は、私たちが抱えるコミュニケーションの本質と解決策について、認知科学と心理学の視点から考える一冊です。

 上司や部下・同僚、家族や友人などとコミュニケーションをとる上で、私たちがまず心に留めておくべきは「言葉で意図のすべてをそのまま表現できるわけではない」ことかもしれません。

 たとえば「ネコ」という言葉ひとつとっても、自分の飼いを思い浮かべる人もいれば、アニメなどのキャラクターをイメージする人もいます。さらに狂暴な印象を抱く人や愛くるしい印象を持つ人もいて、そのイメージは千差万別です。人は皆、自分のスキーマ(知識の枠組み)を持っており、人の話はすべて、自分のスキーマというフィルターを通して理解されるものだと言えます。

「相手に正しく理解してもらうことは、相手の思い込みの塊と対峙していくことです。そして相手を正しく理解することは、自分が持っている思い込みに気がつくことでもあります」(同書より)

 さらに厄介なのは、私たちの記憶というものは実に頼りないもので、自分の都合がいいようにいかようにも操作されてしまうということです。人間の認知能力はあやふやだという前提で考えると、自身が伝えた通り・意図した通りに相手が理解して行動するほうがもはや奇跡だと言えるかもしれません。

 こうして見てみると、言い方を工夫するよりも「都合よく誤解されないためには?」「自分の考えを"正しく伝える"には?」といった認知能力を高める方法を探っていくほうが、相手に伝わる確率は高くなるとは考えられないでしょうか。同書では、認知科学を日常生活に落とし込んだ理論やハウツーが多数紹介されています。相手の立場に立って考えた「ホウレンソウ」の仕方、勘違いや伝達ミスの防ぎ方、コントロールせず相手を動かすポイントなど、ビジネスの場で使える実践的なものも多く、おおいに参考になることでしょう。

 よいコミュニケーションの実現には、「『人は、何をどう聞き逃し、都合よく解釈し、誤解し、忘れるのか』を知ること。そして、そうした特徴を持つ人間同士が、それでも伝え合えるように考えること」(同書より)が大切だと記す今井さん。

 同書は日常生活の中で私たちの認知機能がどのように働いているのか、その奥深さを知ることができるとともに、他人と理解し合うことの難しさや大切さに気づかせてくれる一冊でもあります。「言葉を言い換えて説明する」「相手がわかるまで何度でも説明する」といった方法ではうまくいかないとお悩みの方は、同書がその解決の一助になってくれるかもしれません。

[文・鷺ノ宮やよい]