1月16日から小寒の末候「雉始雊(きじはじめてなく)」となりました。寒さはこれからが本番ですが、日脚が少し伸びてきてどこか空も明るくなり、春の兆しを感じ始めるそんな季節。
それを感じ取るかのように、繁殖期に向けてキジの雄が独特の金属的な高い声で鳴き始めます。キジといえば何と言っても日本の国鳥。そして「桃太郎」のお供としても知られるメジャーな野鳥。雄の体色は派手で目立ちます。そのわりには「見たことがない」という人が多いのですが、それは気がつかないだけ。実はあなたのすぐ近くにも結構いるんです。
日本人はどうしてキジに家族愛のイメージをたくす?
キジ(ニホンキジ)は北海道・対馬以外の全土に生息するキジ科の鳥で、日本の固有種、または固有亜種。雄の体色は鮮やかで翼と尾羽を除いて全体的に美しいピーコックブルー、頭部は金属的な濃い青緑で目の周りに赤い肉腫があり、これは繁殖期に肥大して、雌への性的アピールポイントとなります。
背中側と翼、長い尾羽は濃い茶色や茶褐色に褐色の斑の模様が配されて、これがいわゆる「キジ模様」といわれているもの。「キジ猫」「キジバト」など、他の動物の色模様を表すのにたとえられます。
日本固有種と書きましたが、ではキジが外国にはいないかというと、ユーラシア大陸には日本のキジと近縁のコウライキジが広く分布しています。
七十二候でいわれるキジも元はコウライキジのこと。コウライキジとニホンキジは近縁亜種とされて雌の見分けはつかないほとですが、雄は体色が大きく異なり、コウライキジは胴体は山鳥のような褐色で、首に白い輪があります。雄のニホンキジは全身が緑や緑青に彩られていて、やはり一段と美しく見えます。
「春の野にあさる雉(きぎし)の妻恋ひにおのがあたりを人に知れつつ」 (大伴家持)
「むさし野の雉子(きぎす)やいかに子を思うけぶりのやみに声まどうなり」 (後鳥羽院)
「父母の しきりに恋し 雉子(きじ)の声」(松尾芭蕉)
キジは妻(夫)恋い、子恋いの思いを込めた歌が万葉集のころより多く詠まれました。キジというと家族愛、夫婦愛というイメージは、今の一万円札の前の代では裏面につがいのキジが描かれていたし、つい最近のCMでも家族総出で鬼退治するキジが出てくるほど、なぜか定着しています。
実際、愛媛で言い伝えられる話では、大きな山火事があり、鎮火した後に焼け跡を歩いていると、メスのキジがうずくまっていた。近づいてよく見ると、キジの長い尾羽は真っ黒にこげ目のまわりは焼けただれていた。さらに近付くとキジは飛び立ち、そこには5個の卵があり、火事の間抱卵して守っていたのだとわかった。
こんな話もあって、母鳥が雛や卵をいつくしむのは間違いありません。でもそれは多くの野鳥がそうで、キジに特別なことではありません。地上に巣を持つヒバリは、巣のそばに敵が近づくと、自らが怪我をしたふりをして捕食者をひきつけて巣から遠ざけようとしますし、カラスにしろスズメにしろツバメにしろ、みんな雛を大切に育てます。
それに、夫婦愛ということでいえば、添い遂げると有名なオシドリはもちろん、多くの鳥が特定の相手とつがいとなって、夫婦で協力して子育てするいじらしい様子を見せるのと比べると、キジの場合は雄はテリトリー内の複数の雌と交尾をする乱婚で、子育てにも関与しません。鳥の中では比較的ドライで、むしろ家族の絆はあまりない習性なのですが・・・
「ケーン、ケーン」という擬音が当てられる、もの悲しげなトーン(筆者には「ケェーッ」というような、もっと搾り出すようなハスキーな声に聞こえます)が誰か、家族や大切な者を呼ぶように聞こえたからでしょうか。
愛? 勇気? おいしい? まるで国民的アニメヒーローチックな国鳥指定
それではなぜ、そしていつからキジは国鳥なのでしょうか。
国鳥に選定されたのは1947年(昭和22年)のこと。同学会の学会誌「鳥」には、ほかにヤマドリ、ウグイス、ヒバリ、ハトなどの候補があったが大多数がキジを支持して決まったと報告されています。
その理由は、
①日本固有の種はキジとヤマドリだけ
②キジは渡り鳥でなく、本州、四国、九州で一年中姿を見ることができる
③大きく、肉の味がよく、狩猟の対象
④古事記、日本書紀に「キギシ」の名で記載があり、桃太郎にも登場して子供たちになじみがある
⑤雄は羽が美しく飛ぶ姿は力強く男性的。雌は山火事の火が巣に迫っても卵やひなを守り、母性愛と勇気の象徴のように言われる・・・との理由が挙げられました。
しかし、まず①の固有種ということですが、キツツキの一種であるアオゲラも日本固有種ですし、特別天然記念物の尾長鳥(オナガドリ)やニホンイヌワシなど、実は他にも固有種はいるのです。それに、固有種にこだわるのならさかんに大陸の近縁種であるコウライキジを放鳥している理由がわかりません。この放鳥により、各地でニホンキジとの交雑が進んでしまっています。
また②については、スズメやカラスやドバト、ヒヨドリなど、もっと身近に一年中いる野鳥はたくさんいますし、第一北海道は無視していいのでしょうか。③国鳥を食べてはいけないという決まりはありませんが、外国の国鳥と比べるとほとんどそういう例はないようです。④記紀に登場するということならば、国生みのときに登場するセキレイや神武東征で大活躍したトビやカラス(ヤタガラス)などのほうが印象は強いし、また昔話も、「鶴の恩返し」の鶴のほうがよほど物語の主要キャラクターとして活躍します。⑤がもっともよくわかりません。雄の羽毛が美しいのはもちろんわかりますが、それならばルリカケスやオナガドリ(共に日本固有種)も美しいし、第一キジの飛行は力強いというよりはグライダーのように短距離を滑空するだけ。走るのはものすごく速いのですが、飛ぶのは苦手なのです。また、母鳥が雛や卵を全力で守るのは確かですが、でもそれは多くの野鳥がそうだということは前述しました。
愛と勇気があって、食べると美味しいなんて、おなかがすいた人に自分の顔を食べさせる子供たちにおなじみの国民的アニメヒーローみたいで、国鳥にふさわしい理由だといえばふさわしいイメージなのかもしれませんが・・・
このように見ていくと、個人的には筆者は大好きな鳥なのですが、どうも国鳥にした理由がしっくりしません。また、キジは白雉(アルビノ)こそ吉兆とされていますが、その鳴き声は地震の前触れとか傾国を告げるものとされていたり、不吉な言い伝えがあるのです。
地震や亡国を予兆する? 不吉とされるキジの鳴き声の理由
「朝雉が鳴くは晴れ、夜鳴くは地震の兆(きざし)」
「雉がしきりに鳴くと地震あり」
「雉がつづけて三度叫ぶと地震あり」
「雉、鶏が不時に鳴けば地震あり」
「地震直後に雉が鳴かない時は、再び大地震が来る」
これらは地震とキジに関する民間に伝わる俗信です。真偽はともかく、全国的にキジは地震を事前に感じ取って普段とは違う鳴き声を出す、といわれてきていて、科学的な検証もされているとか。
「キジも鳴かずば討たれまい」という有名なことわざがありますね。
「者岩時(ものいわじ) 父は長柄の人柱 鳴かずば雉も 射たれざらまし」
自らの口が災いして橋の人柱になってしまった父のことを思う娘が詠んだ歌。「長柄の人柱」という悲しい伝承がもとになっています。
そして古事記には仁徳天皇=大鷦鷯命(オオサザキノミコト)を呪い、夫・速総別王(ハヤブサワケ)をけしかける歌、「雲雀は天に翔る 高行くや 速総別 さざき取らねば(ヒバリは空を高く飛ぶ。さらに高く飛ぶ速総別(ハヤブサワケ・隼)よ、鷦鷯(さざき・仁徳天皇)など狩ってしまいなさい)を詠んだ咎で処刑された女鳥王(めどりのみこ)が登場します。
「雉の雌鳥ゃ女鳥(ぎしのめんどりゃおんなどり)」ということわざ、「疑う余地もないほど、誰が考えても当たり前なこと、分かり切ったことである。それが自明の理であることの喩え。」というのがその意味ですが、本当はこの女鳥は女鳥王のことを暗喩しているのではないか、そしてこれも「鳴かずば討たれまい」という、鳴くことが不吉であるという伝承と符丁します。
実はさらに古事記には、「不吉な雉」の記載があります。葦原中国平定の折、派遣した天若日子(天稚彦)がいっこうに役目を果たさないので雉名鳴女 (きぎすななきめ)というキジを使いに送り、問いたださせます。すると天若日子は「この雉は不吉だ」と射殺してしまうのです。また、雉(きじ)を葬式の時に泣く哭女(なきめ)とするという記載もあります。
このように、記紀ではキジが出てくるといっても、あまりいい役回りをしておらず、そのせいかキジが鳴くとよくないことが起きる、という俗信は一般的に流布していたのではないでしょうか。
家族愛や勇気などの誉れを与えるかと思えば、鳴き声が不吉だといったり。両極端のイメージが共存する不思議な鳥です。
とはいえ、そんなこんなの人間の俗信は実際のキジとは関係ありません。人里近くに住む鳥で、よくいるのは田んぼのあぜ道や日当たりのよい傾斜地の藪など。普通にノンキに道を歩いていることもたまにあります。特に天気のよい日の昼間にそんな場所を通りがかったら、しばらく耳を澄ましてみてください。黒板をこすったような、ちょっと耳障りなぞくっとする鳴き声が聞こえたら、わりと高確率で藪の草の間からぴょこんとび出たキジの頭やお尻が見つかるはず。そうそう、「頭かくして尻隠さず」も、そういうキジのふるまいからできたことわざです。「けんもほろろ」というのも、「けん」は鳴き声、「ほろろ」は繁殖期に雄が羽で胸を打つディスプレイ行動の「ドドドド」という音を表しています。そんな愛らしい生態が見られるかもしれませんよ。