姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 6月1日、沖縄大学のシンポジウムに出席するために沖縄の地を踏みました。私の沖縄の印象は、約30年前に当時の大田昌秀県知事から招待されて訪れた時に感じたことから一貫して変わりません。それは、本土との「温度差」です。今から約30年前、沖縄で12歳の少女が米軍海兵に暴行されました。沖縄の人々のやり場のない怒り、悲しみに強い衝撃を受けました。こうした憤りは、当時の暴行事件だけにはとどまらず、基地問題を抱える沖縄にとって今も続いています。

 この「温度差」で思ったのは、5月18日の朝日新聞に掲載された人生相談「悩みのるつぼ」です。相談者は50代の男性。「ロシアの軍事侵攻、ガザへの攻撃──。不正義や理不尽な行動を伝える新聞報道を見るたび、怒りに燃えて困っています」と悩みを打ち明けます。それに対し、回答者は「そんなに心配なさっているのなら実際に戦場に出向いて最前線で戦ってくればいいのでは」と提案し、それができないなら「今自分が幸せなことに感謝して自分の周りにいる人たちを大切にしましょう」と結びます。この回答をめぐり、いろいろなハレーションが起きました。

 ここで提起された問題は重大です。私たちのできることは何か。例えばガザを思い、月に一度平和を祈って家族で断食する日を作ってもいい。それをSNSで発信すれば、一人の力は小さくてもそれが広がっていく可能性もあるはずです。私たちは微力ではあっても非力ではないはずです。あえてそういうものを消去して極端から極端に焦点をずらしてしまったところに、回答者の問題があると思います。これは、今の日本の生きづらさと一緒で「そこに踏み込むとやばいよ」という見えない力が働いているからだと思います。

 那覇空港には観光客があふれかえり、それは観光業の面で沖縄経済には朗報であるとしても、多くの観光客は基地の島という一面を見ようとしていないのではないでしょうか。沖縄は、小さな幸不幸が大きな苦難と直結する「特別な場所」です。しかし、沖縄をそういう場所にしているのは、誰なのかということを踏み込んで考えない限り、「温度差」が埋まることはないでしょう。

AERA 2024年6月17日号