『ひとつの祖国』 貫井徳郎 著
朝日新聞出版より5月7日発売予定
架空の島を舞台に、明治初期から平成末までの近現代史を一七の物語で追った全三冊の大作『邯鄲の島遥かなり』を刊行した貫井徳郎の新作は、第二次世界大戦後に東西に分割された日本という架空の歴史を描いている。実現はしなかったが連合国は日本の分割統治を検討していたので、本書はあり得たかもしれないもう一つの歴史を題材に、現実の日本が直面している諸問題に切り込んでいる。
先の大戦末期、北海道を制圧したソ連軍が本州に侵攻した結果、西日本に民主主義国が、東日本に共産主義国が誕生した。経済大国の西日本と停滞する東日本は国民性も違ってきたが、東西ドイツが統一された影響もあり一つの国になった。しかし東西の経済格差が埋まらない間に西日本は競争力を失い、急成長する新興国に追い抜かれた。
物語は統一から三十年後、東日本の搾取を続ける西日本からの独立を目指し武装闘争を行う〈MASAKADO〉がテロを活発化させている東日本の東京から始まる。東日本出身の一条と西日本出身の辺見は、父親が共に自衛官だった縁で小学校時代に知り合い、中学卒業後に別れた後も友情を育んでいた。大学卒業後、父と同じ自衛官になった辺見に対し、一条は有期雇用の契約社員になっていた。
日本統一後の流れはバブル崩壊後の長期経済低迷に重ねられており、特に就職氷河期世代は高学歴なのに肉体労働しか仕事がない一条への共感が少なくないだろう。また自発的ではなく、日本がドイツに倣うように統一した設定は、外圧がないと変われない日本社会への皮肉に思えた。