政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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自民党は派閥の政治資金パーティー裏金事件を巡り、安倍派幹部に対し「離党勧告」などの処分を決定しました。その調整をめぐって熾烈な綱引きがあったようです。最大派閥の安倍派の自壊に伴う党内闘争は、党内力学の変動に連動し、自民党の屋台骨を揺るがす党内ガバナンスの崩壊に繋がりかねません。
この党内闘争はどこに向かうのでしょうか。最低線の支持率にもかかわらず、「岸田おろし」が公然化するわけでもなく、幹事長や有力派閥の「親分」もキングメーカーとしての影響力を行使できず、最大政党のヘゲモニーが空洞化しつつあります。にもかかわらず、株価は空前の高値をつけ、上場企業を中心に賃金は上昇し、治安は微動だにせず、インバウンドで賑わっている日本。何とも奇妙な光景と言わざるをえません。
結局、これも自民党に代わりうる政党への信頼が、有権者に浸透していないことに起因しているのでしょう。有権者のどこかにこの先もほどほどに「ダーティーな」政党が主軸の政権がダラダラと続くのではないかという、半ば諦め、半ば「安心感」の入り混じった意識が広がっているのかもしれません。
しかし、政権政党内部の力学の変動が、外交や安全保障など国の命運を決定するような路線とどうリンケージするのか、しっかりと目を凝らしておくべきです。特に自民党が党内闘争で強い政権基盤を持てないとすると、米国などが自国の主張を政権に丸呑みさせることが有利になるわけで、現在の岸田政権には対外的に強いバーゲニングパワーを期待できそうにありません。岸田首相の国賓並みの訪米でどんな「土産物」を貰ってくるのか、よくよく精査すべきです。政権基盤の弱い政権の外交ほど危ういものはありません。
岸田首相の訪米で、戦後日本の平和国家としての看板を名実ともに下ろさなければならないような日米間の防衛・安保協力が深まるのか、注視すべきでしょう。国内の、永田町の、自民党の、派閥の動向が最大の焦点になる間に戦後日本の国の方向が変わっていくとしたら、何という皮肉でしょうか。それは自民党の危機だけでなく、戦後の平和国家の危機になるはずです。
※AERA 2024年4月15日号