女「暗くてお靴が分からないわ」

監督「火をつけて! ハイ、どーぞ!」

俳優「(笑みを浮かべ)……(おや?という不安げな表情)……(ハッと気づき、火をじっと見つめる)……(ただひたすらに、食い入るように見つめ)……(困っている女に改めて気づき、それを差し出す)……(そして笑顔、笑顔、笑顔)…………あちーーーっ!!」

監督「カットーーっ!」

俳優「……行間に想いをこめてたら火傷したよ」

監督「アンタ、もういいよっ!!」

 ……こんな現場だったに違いない。いや、本当は絵なんだけどね。あくまでリアルだったら、という仮の話。

 昔、青年誌で「運気が上昇しお金の儲かる数珠」なんてインチキグッズの広告があって、「一万円札をいっぱいに張った湯船に数人の水着のお姉さんとニヤケ顔で浸かる」という、この世の中で一番バカでサイテーといっても過言ではない写真が載っていた。

 そのニヤケ野郎のモデルのアルバイトを持ち掛けられたことがある。やだよ、そんなの。断ったら後輩におはちが回ってきたそうだ。

「どんなかんじだった?」

「そのまんま、流れ作業です。パンツ一丁になって、フェイクのお札に浸かって、お姉さんが入って、笑顔でパシャ!……であっという間におしまいです」

「へー、つまらないな」

「でも、フェイクとはいえお札のお風呂に入ってみて思いました」

「なにを?」

「金があっても、絶対あんなことしちゃダメです。むしろ金がある人は、あんなことしませんよ! あんなことするヤツは絶対金は貯まらないし、いっとき入ったとしてもすぐに金も人も運も離れていきますよ!」

 バイト代は数千円だったそうだが、お金が貰えて大切なことを知ったのだから良かったじゃないか。

 なんの話だったっけ。あー「インフレ」か。

 原稿料つーものはどうしたら上がるのだろう。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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