『また会う日まで』(池澤夏樹、朝日新聞出版 3960円・税込み)が刊行された。海軍少将の秋吉利雄の生涯をたどる長編小説だ。朝日新聞の連載小説を1年かけて改稿した。一人の軍人の日常から日本の近代史が見えてくる。
「利雄さんは日の当たる場所にいた人ですから、彼を中心にすると大体全体が見えるんです」
利雄は池澤さんの祖母の兄にあたる。1892年に生まれ、海軍兵学校、海軍大学校を経て東京帝国大学で天文学を学んだ。海軍では南洋諸島のローソップ島で日食観測を成功させ、新聞で大きく報じられる。その後は海図を作製する水路部に終戦まで勤務した。
池澤さんと親しかった利雄の三男の輝雄さんが12年前に亡くなり、段ボール2箱分の利雄関連の資料が池澤さんのもとに届けられた。東京の九品仏にあった秋吉家は戦災で焼けず、文書や手紙がそっくり残っていたのだ。
池澤さんは「日本文学全集」の編集の仕事を終え、「さあ、小説を書かなくては」と資料を読み始めた。かつて『静かな大地』で北海道の親族の歴史を書いたときのように、まず詳細な年表を作った。そして史実と史実の間を肉付けしていく。
例えば、昭和天皇が利雄のいる水路部を訪れたことは『昭和天皇実録』に記載されている。そこでの会話は池澤さんの創作だ。「望みはあるか」ときかれ、「一度は艦を預かってみたい」と答える。秋吉家の家庭内伝説をもとに書いた。軍の人間関係や思想は半藤一利さん、加藤陽子さんの著作を参考にした。
利雄は海軍軍人、キリスト教の信徒、天文学者の三つの面を持つ。「汝、殺すなかれ」と説くキリスト教と軍人であることは矛盾する。
「矛盾があるから複雑な奥行きのある人生になる。それが書きたい。熱心な信仰があるから悩むはずです。悩みながらも生きていく」
その悩みも含めて利雄にひかれていった。
「書きながら、なかなかいい人だなと思って。学生時代も海軍に入ってからも、その時々の置かれたポジションでよく力を尽くした人ですよ」