『関西フォークとその時代: 声の対抗文化と現代詩』瀬崎 圭二 青弓社
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 音楽に心を動かされた経験はないだろうか。ジャンルは問わない。流行のポップソングかもしれないし、子どもの歌う童謡かもしれない。一度でも音楽に心を揺さぶられた経験がある人なら、今回ご紹介する『関西フォークとその時代 声の対抗文化と現代詩』(青弓社)を興味深く読めるだろう。

 かなり音楽に詳しい人であれば、実際に関西フォークを耳にした経験があるかもしれない。というのも、関西フォークが流行していたのは1970年代であり、流行からかなり時間が経っている。

 そもそも、フォークとはどのような音楽なのだろうか。

「もともと、フォークソングはアメリカの民謡を指す。それは、ヨーロッパから持ち込まれた伝承歌、黒人たちの伝承歌、労働歌、国民的な愛唱歌などや、それらの派生歌、あるいは先住民の伝承歌などで、民衆の価値観や生活の実感から生まれたものだった」(同書より)

 1950年代後半のアメリカでフォークソングがヒットチャートをにぎわせるようになり、日本国内に流入してきたのが1960年代。アメリカのアーティストを模した日本のグループやシンガーが歌うフォークが若者の間で流行し、1960年代後半に関西のフォークグループやシンガーが登場する。

 関西フォークは、アマチュア性が強く反体制的な歌詞が特徴の一つだ。関西フォークの代表的なシンガーである岡林信康氏は、かなり過激な歌詞が原因で大手レーベルからレコードがリリースできなかった。

 しかし、関西フォークはただ過激で尖った音楽なわけではない。当時の学生運動や市民運動とも関わりを深め、関西のみならず広範囲に影響を及ぼすに至った。そして、関西フォークが多くの人々に影響を与えたのは、言葉のもつ表現力によるところが大きい。

 関西フォークを語るうえで欠かせない人物の一人に、詩人であり英語教師でもあった片桐ユズル氏がいる。同氏がフォークに深く関わるようになったきっかけは、アメリカ留学時代に体験したポエトリーリーディングとの出会いだ。

 ポエトリーリーディングは大仰な抑揚や感情を乗せて詩を読むのではなく、「普通にボソボソ読むだけなんだよ」と片桐氏は語る。

「戦時下で戦意高揚のための詩がラジオで頻繁に朗読されていたことはよく知られているが、これは声の力を国家が利用したケースだろう。(中略)そのような意味で声の力は魔力でさえある。戦時下で少年期を過ごした片桐が耳にしていたのは、その力を政治的に利用した詩の朗読だった。
(中略)
つまり、声の魔力が国家に利用されることへの対抗手段として、同じ声の力を民衆のもとにたぐり寄せようとしたのである」(同書より)

 片桐氏は、声の魔力を経験していたからこそ、その力に抗おうとしていた。片桐氏に限らず、関西フォークに関わった人々には、それぞれ時代や政治への対抗心があったともいえる。民衆が対抗する手段として、「民衆の歌」として歌い継がれてきたフォークはぴったりだったのだ。そのなかでも、特に「民の歌」「民謡」であろうとしたのが関西フォークだった。

 ちなみに、流行していた当時は「関西フォーク」だけでなく「アングラ・フォーク」「反戦フォーク」という呼び方もされていたという。しかし、どの呼び方も明確なフォークのジャンルを表わすものではないし、シンガーの出身地も関係がない。片桐氏も関西出身ではないし、関西フォークのシンガーたちの出身地も関西とは限らない。

 また、関西フォークはいくつかの特徴を挙げることはできるが、語る人によって定義が異なる。東京の音楽業界から距離がある関西だからこそ、よりアマチュア的な純粋さを保てたのだと捉える人もいる。

 ほかにも、関西の土地がもつ気質がフォークと相性が良かったとする考えもある。

「関西が『根強い庶民感覚や在野意識』に支えられ、『笑い倒してナンボ、おちょくってナンボという気質』に満ちているとするならば、その感覚や意識、気質と、フォークが内包する原初的な性質は見事に調和しているといえるだろう」(同書より)

 また関西フォークの特徴として忘れてはならないのが、知識をもつ大人たちと自らの思いを歌った若者たちとの交流だ。片桐氏をはじめ、多くの知識人が関西フォークを歌う若者たちを支えていた。知識をもつ大人が、若者にフォークを歌わせていたわけではない。歌は、あくまで若者たちの思いを代弁するものだった。だからこそ、その思いに共感した人々を中心に関西から日本のあちこちへ広まっていったのだ。

 当時の歌詞は、今読めば古めかしいと感じる表現もある。しかし、その底に流れる感情は時間を経ても生々しさを失わない。同書のなかには、関西フォークとして歌われていた楽曲の歌詞が紹介されている。歌が生まれた背景を知ると、歌詞に込められた思いがより深く伝わってくるはずだ。