宮沢りえのこうした「マイペースさ」は、マリリン・モンローや中森明菜にはありません。彼女たちなら、監督に「承認」してもらうため、ウケそうなせりふを必死で探したはずです。

宮沢りえは、たしかに難しい環境で育ちました。それでも、根本的な自己肯定の感覚は、きちんと周りに与えてもらえたのでしょう。
 
中年にさしかかった芸能人は、しばしば、薬品などを用いて加齢を隠そうとします。そしてそのことと引きかえに、ある歳月を生きてきた肉体の持つ「存在感」を失います。

 顔に刻まれた変化を隠さない宮沢りえは、特別な世界で齢を重ねた「履歴」を全身から漂わせています。画面に映っているだけで、「生きぬいた歳月をごまかしているタレント」にはないインパクトを感じさせるのです。「美しさ」や「演技力」に代わりはいても、「その人ならではの生きざまが染みこんだたたずまい」にはかけがえがありません。だからこそ、小泉今日子のようにいろんな人間になるわけではないのに、宮沢りえは女優として生きのびているわけです。

■小泉今日子と宮沢りえの共通点とは?

 宮沢りえは、子どものころから芸能界という「普通でない環境」で生きてきました。そういう中で「自己肯定感」を手にした彼女には、「私は特別」という確信があるのでしょう。皺を浮かべたまま画面に映ることができるのは、それを受けいれてもらえることがわかっているからです。

 小泉今日子には、その種の自信はおそらくありません。彼女はむしろ「本当の自分」を隠そうとするタイプです(助川幸逸郎「小泉今日子の最大の強みとは?」dot.<ドット> 朝日新聞出版 参照)。

 にもかかわらず、小泉今日子も「加齢による変化」を隠そうとしていません。「その年齢なりのベスト」を目指せばいいのだと雑誌でも発言しています(注6)。

 作家の湯山玲子によると、小泉今日子と舞台で共演した深浦加奈子は、こんな言葉を口にしていたそうです。

<キョンキョンは会話をする相手の役者のセリフをよく聞いているのよ。普通、ぽっと出のタレント役者にはそれができないのにね。台詞を言わずに舞台の隅で佇んでいる時も、自分が出てしまうことがなく、全身でフローレンスになりきっているんだよね>(注7)

 小泉今日子が、演技する中でいかに真剣に「自分でない誰か」になろうとしているか。深浦加奈子の証言はそのことを物語っています。

 逆説的なことですが、「自分でない誰か」に化身するには、自分をよく知らなくてはなりません。自分のしぐさや表情にどんな癖があり、どんな印象を他人に与えているか――ひとつの人物像を作り上げる「素材」としていかなる特性があるのかを、見きわめる必要があるからです。

「素材」として自分を冷徹に眺めるなら、「自分に無理なこと」がおのずと目に入ってきます。たとえば、50歳の役者には、30歳のころと同じ立ちまわりはできません。そうしたことを率直に認めない限り、「自分の限界」がかえってそのまま役に残ってしまいます。これでは、「自分以外の誰か」になることはできません。

「その年齢なりのベストを目ざす」という小泉今日子の発想は、演技者として経験を重ねる中から生まれたのでしょう。「ありのままの自分」に自信のある宮沢りえと、そうした自信のない小泉今日子と――ふたりの「大女優」の自己意識は、対照的です。にもかかわらず、「年齢に無理に抗わない」という点は共通しています。

 正反対の立場から、ふたりの「大女優」がおなじ結論にたどりついたというのは、興味深い事実です。どのような生き方をしていてもそれを極めれば、最後にはひとつの真理が見えてくるのかもしれません。

※助川幸逸郎氏の連載「小泉今日子になる方法」をまとめた『小泉今日子はなぜいつも旬なのか』(朝日新書)が発売されました

注1 「宮沢りえ&小泉今日子の違いとは!? 「グーグーだってである」犬童一心監督インタビュー【前編】」(「ザテレビジョン」2014年10月16日配信)
http://thetv.jp/news_detail/51374/
注2 たとえば、「キネマ旬報」1988年10月下旬号の「撮影現場訪問」(森卓也)に、「アイドルもできるし、普通の女の子にもなれる」という、真田広之の語った小泉今日子観が記されている。真田広之は小泉今日子と『怪盗ルビイ』(和田誠監督)で共演している
http://www.hochi.co.jp/entertainment/20141016-OHT1T50337.html
注3 DVD版『紙の月』の副音声解説において、銀行のロッカールームを舞台にした場面について宮沢りえは言っている。「このロッカールームがすごく面白かった。みんなここでどんなこと話してるんだろう」これに監督の吉田大八は「ああ、こういうふつうのことが珍しいんだ」と応じている
注4 「犬童一心監督が語る、りえの魅力『一つのキャラクターを自信を持って演じている』(「スポーツ報知」2014年10月17日配信)
http://www.hochi.co.jp/entertainment/20141016-OHT1T50337.html
注5 宮沢りえ特別取材班『平成爆弾娘 宮沢りえ研究白書』(リム出版 1992)など、貴花田との婚約破棄以前から、こうした宮沢りえ評はささやかれていた
注6 「小泉今日子になるには?」(「GLOW」 2013年5月号)
注7 湯山玲子「小泉今日子論」(『新・日本人論』 ヴィレッジブックス 2013)

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