大変なことが起きると悪いことが重なる。もうパンパンとなり、アドレナリンが出て、「よ~し、やってやる」という気持ちになる。昔からそうだった(撮影/狩野喜彦)
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 日本を代表する企業や組織のトップで活躍する人たちが歩んできた道のり、ビジネスパーソンとしての「源流」を探ります。AERA2024年1月1-8日合併号より。

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 2002年11月、三井住友銀行の決算や増資などを担う財務企画部長のとき、銀行の歴史を塗り替える決断をした。傘下のわかしお銀行と合併し、会社名は三井住友銀行を残すが、登記上の存続会社はわかしお銀行とする。子会社が親会社をのみ込む「逆さ合併」だ。

 三井住友銀行には他の大手銀行と同様に、1990年代末の金融危機時に公的資金が資本に入り、国が大株主になっていた。議決権がある普通株ではなく、第1番に配当を出す優先株で、配当が出せないと普通株へ転換されて経営に関与される。それだけは、避けたかった。

 半年前に発表した02年3月期決算は、バブル崩壊で増えた不良債権の後始末やITバブル崩壊による保有株式の株価下落で、赤字決算へ陥った。ただ、融資など本業で稼ぐ業務純益によって、配当はできた。

 6月に大阪駅前法人営業部長から財務企画部長へ転じたとき、赤字脱出に、銀行のほかにカード会社などを傘下に置く持ち株会社・三井住友フィナンシャルグループ(FG)をつくることになっていた。財務企画部は、財務の強化に翌年2月と3月の増資を予定した。これで業務純益があれば、03年3月期も国が持つ優先株へ配当できる。だが、金融担当相が出した新方針で、業務純益はまず不良債権の処理と保有株式の含み損処理に充てるとされ、配当原資が不足する事態が予想された。

保有株式の含み損一掃するために出た「逆さ合併」の知恵

 でも、動じない。「何をすればいいか」を考え抜く。小中学校時代に5回あった転校が生んだ「度胸」に、入行5年目から経験した米国留学で身についた「自信」。その度胸と自信が、ビジネスパーソンとしての『源流』となり、銀行が存亡をかけた危機に流れは勢いを増す。

 頭取や担当専務らと相談し、出した答えが「逆さ合併」だ。わかしお銀行が存続会社になって消滅する三井住友銀行から純資産を引き継ぐと、その大半が合併差益として計上できて、保有株式の含み損の一掃に活用できる。となれば、業務純益や増資分を、優先株の配当に使える。そんな数字の世界は、子どものころから得意だった。

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