
科学者のサツキバーと同様、生成AI開発の「安全性」への不安に警鐘を鳴らしたもうひとりの人物が、同取締役会のメンバーのヘレン・トナーだ。
ジョージタウン大学で安全保障を研究する学者の彼女は、今秋発表した共著論文で、オープンAIがGPT−4を発表した際に、安全性を巡って、さまざまな批判にさらされたことを記している。一方、競合他社のアンスロピックは、ベータ版を出して様子見をし、製品発表を延期したことも記述した。つまり自社よりもライバル社の方が安全性重視だと公言したようなもの。これがアルトマンの反感を買い、確執が生じたという説もある。トナーの論文はAIを通じて開発されうる自動攻撃可能な武器の危険性にも触れた。
非営利だから忖度ゼロ
アルトマンの突然の解任に驚いた共同創業者で社長のグレッグ・ブロックマンは、抗議の意を込めて同社を即日退職した。
「驚愕したのは、同社に巨額の投資をしてきたマイクロソフトにとって、サムの解任劇が寝耳に水だったことだ。十数年間ソフトウェア業界を担当してきたが、こんな事態は見たことがない」とジャルリアは語る。
米国最大手ソフトウェア企業のマイクロソフトは、2019年にオープンAIに10億ドルの投資をしたのを皮切りに、合計130億ドルをつぎ込み、同社の49%の株を所有する。ひな鳥にせっせと餌を与えてきたようなものだ。なぜそんな大口の投資家にお伺いを立てず、取締役会はCEOを解雇できたのか?
それは同社のちょっと変わった構造にある。2015年創業のオープンAIは「人類に貢献するため」の非営利団体として出発した。利潤追求のための企業が傘下に追加された19年以降も、あくまで所有者は非営利団体なのだ。つまりオープンAIの存在理由は「投資家のためでもなく、社員のためでもなく、人類に貢献するため」であり、取締役会は投資家にも社員にも一切忖度する必要がないわけだ。
オープンAIの創業に関わったイーロン・マスクは、アルトマンが解任されると、自らのXで「なぜこんな急展開が起きているのか? オープンAIが人類に潜在的に危険なことをしているなら、世界には知る権利がある」とポストしている。