2023年12月4日号より

病院や小学校にも攻撃

 この時点では諜報省文書は流出しておらず、イスラエル右派政治家の個人的な暴言とみなされたが、文書の流出で、「テント・シティー」という表現など政府文書を事前に共有していた可能性が強まった。

 この文書はC案の段階的な実施について次のように記述する。

 1:住民にハマスとの戦闘地域からの避難を求める。

 2:第1段階ではガザ北部に空爆を集中させ、住民が避難して、住民の巻き添えがない地域への地上戦を可能にする。

 3:第2段階では地上戦によって北部と周辺の境界から徐々に軍事的に制圧して、最後にはガザ地域全体を制圧する。

 この実施計画は10月半ば以降、イスラエル軍がガザ北部で激しい空爆を実施し、住民に南への退避を求めている軍事行動に符合している。イスラエル軍は住民が避難している病院や国連の小学校について「ハマスが『人間の盾』にしている」として攻撃を繰り返している。ガザの中央病院であるシファ病院には患者、医療スタッフ、避難民など7千人がいたが、イスラエル軍は、「ハマスの軍事司令部がある」として病院の地下にハマスのイメージ動画を流し、包囲して、人びとを排除した。その後、病院敷地内の隅にある穴を、「ハマスの軍事トンネル」としてメディアに示しただけで、病院の地下のハマスの司令部については何も語らず、忘れたような対応である。病院に続き、ガザ最大の難民キャンプであるジャバリアにある国連の小学校にミサイル攻撃があり、避難住民50人以上の死亡が確認された。

文書に沿った軍事行動

 イスラエル軍は、住民が身を寄せている病院、学校を攻撃しつつ、一方で住民へ「南部への退避」を呼びかける。それはまさに政策文書のC案に沿った軍事行動に見える。

 その上で、イスラエル軍報道官は戦闘停止が間近という報道が流れていた17日に、「ハマスがいるところならガザ南部を含めてどこであれ攻撃する。我々は作戦を遂行する」と語り、南部を含めてガザ全域を制圧する意図を示した。

 流出文書が出た後の11月5日、イスラエルと西岸のラマラを訪れたブリンケン米国務長官は、その後の訪問先のバグダッドでの記者会見で、「ガザの将来に対してはパレスチナ自治政府が中心的な役割を担うべきだ」と語ったが、これは政策文書が強く否定しているA案の支持の表明となる。自治政府がガザを統治することになればパレスチナの分裂が解消され、自治政府とイスラエルとの間のパレスチナ国家の樹立に向けた和平交渉が可能になる。

 このように見ていくと、「4日間の戦闘停止」合意の裏で、パレスチナ国家を葬ろうとするネタニヤフ首相の「パレスチナ人排除」と、パレスチナ問題を震源とする危機を解消するために中東和平プロセスを再開しようとする米国とのせめぎあいが続いていることがわかる。

 一時的戦闘停止が終わった後、ネタニヤフ首相は「ハマス殲滅(せんめつ)」の口実の下で「ガザ殲滅」作戦を再開するのか、または戦闘停止と人質解放によってイスラエル軍の攻撃に歯止めがかかり、停戦に向けた動きに進むのか。今後の展開は予断を許さない。(中東ジャーナリスト・川上泰徳)

AERA 2023年12月4日号