
「ずっとひとりきりだが、旅をし、出合い、いろいろなことを知った」ハイスミスはフランス語、ドイツ語、スペイン語で日記を書き、それが創作の源になった。「重い荷物のように思い出を持ち歩き」ながら旅を続け、「出会いたくなかった人たちもいたけど、そうした出会いを決して忘れない」と書いた。
『パトリシア・ハイスミスに恋して』の一シーン一シーンは旅先で撮ったスナップショットのように思えた。幼少期を過ごしたテキサスの思い出が随所に登場する。ロデオの映像が郷愁を誘い、居並ぶカウガールはこの上なくファッショナブルだった。
ハイスミスには第一作出版前に別名義で書いたガールズブックがある。ガールズブックとは「レズビアン小説」のこと。母の目や世間の目は抗い難く、性的指向を隠さねばならなかった。タイトルは『キャロル』。ガールズブックとしては珍しくハッピーエンドであることの理由について、「少なくとも主人公たちは自分の人生を形作ろうとしていたから」と答えていたハイスミスは、初版から40年近く経ち、実名で『キャロル』を再出版した。その5年後、白血病でこの世を去った。
