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「ずっとひとりきりだが、旅をし、出合い、いろいろなことを知った」ハイスミスはフランス語、ドイツ語、スペイン語で日記を書き、それが創作の源になった。「重い荷物のように思い出を持ち歩き」ながら旅を続け、「出会いたくなかった人たちもいたけど、そうした出会いを決して忘れない」と書いた。

『パトリシア・ハイスミスに恋して』の一シーン一シーンは旅先で撮ったスナップショットのように思えた。幼少期を過ごしたテキサスの思い出が随所に登場する。ロデオの映像が郷愁を誘い、居並ぶカウガールはこの上なくファッショナブルだった。

 ハイスミスには第一作出版前に別名義で書いたガールズブックがある。ガールズブックとは「レズビアン小説」のこと。母の目や世間の目は抗い難く、性的指向を隠さねばならなかった。タイトルは『キャロル』。ガールズブックとしては珍しくハッピーエンドであることの理由について、「少なくとも主人公たちは自分の人生を形作ろうとしていたから」と答えていたハイスミスは、初版から40年近く経ち、実名で『キャロル』を再出版した。その5年後、白血病でこの世を去った。

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延江浩

延江浩

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー、作家。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞、放送文化基金最優秀賞、毎日芸術賞など受賞。新刊「J」(幻冬舎)が好評発売中

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