元朝日新聞記者 稲垣えみ子

 元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 会社を辞め自転車生活を始めてから、ほぼ電車に乗ることもなく日々近所の昭和な個人店をウロつきながら生活していると、たまに地方で講演のお仕事など頂くと案外ビビる。駅の売店で弁当など買おうと並んでいると、私のように現金で払う人がシーラカンス並みに珍しくなっていることを目の当たりにするためだ。

 今はまだ「現金お断り」の憂き目にはあっていないが、モノを買うという社会の基本システムが数年の間にここまで激変したことが恐ろしい。立ち止まるということは、現代においてはそれだけで生存の危機を伴う行為になりつつあるのかもしれない。一体何のためにこうも追い立てられているのか、いやそもそも誰が何のために追い立てているのかもわからぬまま、ただただ何かに追い立てられている感じが何ともイヤなのである。

 と思いつつ、先日名古屋に行った時、帰りの新幹線に乗る前にフト「よし、ビール飲も」と思い立ち(一仕事終えた新幹線のビールってホント特別)、駅構内の売店で缶ビールとチクワを手にレジへ。お値段はナントカナントカ4円ですと言われ、財布を覗き込むと白っぽい小銭がジャラジャラ。お、こりゃ4円あるっぽいと思って小銭の海から1円玉を取り出しトレーの上に並べていくが、最後の1枚がどうしても出てこない! 後ろには人が並んでいるし、ああごめんなさいこんな時代遅れのオバサンがマゴマゴしちゃって……と必死に目を凝らすがこういう時に限ってオール百円玉。ついに断念して「すみませんやっぱり足りませんでした……」と百円玉を出すと、レジのおばちゃんがニヤッと笑って「惜しかったですね!」と一言。

異常気象で紅葉がイマイチらしいが、近所で落ち葉を漁ったらちゃんと可愛い葉っぱたち(写真:本人提供)

 いやこの一言がどれだけ嬉しかったことか! おおげさでなく、生きてていいんだよと言われた気がしたのです。

 困った人、ダメな人に心を寄せ親切な一言を言える人は小さな神様である。社会の豊かさとは効率化やスピードではなく、そんな神様がどれだけいるかで決まるんじゃないでしょうか。神とはごく普通のあなたなんです。

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

AERA 2023年11月27日号

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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