会話を学ぶインセンティブが高まったのは「師」と仰ぐエマニュエル・レヴィナスに一度会いたいという望みがしだいに募ってきてからである。そこで数年間私にしては割と根を詰めて会話の練習をした。でも、私はレヴィナスに会って哲学について話したいだけで、それ以外の人にもそれ以外の話題にも特段の興味はなかった。

 そのせいで会話学校での私の評価は最後までレベルBのままだった。理由は「文法は正確だが、語彙(ごい)が少ない」。仲のよかったフランス人教師が「内田さんは、ほら、虫の名前とか花の名前とかぜんぜん知らないでしょ」と査定の内幕を教えてくれた。

 教員になってから語学研修で学生をフランスへ連れていった時、暇だったので私も上級クラスを受講したことがあった。ある日、テレビのお笑い番組が教材になって、それを聴き取れという課題が出た。私はそれを拒んで、「お笑い番組の聴き取り能力を涵養することに私は意欲を持たぬ」と言ったら、教師が激怒して「市井のフランス人が話すことに興味がないという人間は決してフランス語が話せるようにならぬであろう」と断言した。その予言の通りになってしまった。

AERA 2023年11月13日号

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