物価高騰は少額の年金で暮らす高齢者を直撃している。生活保護利用世帯の過半数が高齢者世帯で、うち9割が単身高齢者だ(撮影/写真映像部・戸嶋日菜乃)
物価高騰は少額の年金で暮らす高齢者を直撃している。生活保護利用世帯の過半数が高齢者世帯で、うち9割が単身高齢者だ(撮影/写真映像部・戸嶋日菜乃)


 2022年の自殺者数は中高年の男性で大幅に増えた。昨年11月までの暫定値では、50代が2604人(前年同期比12・9%増)、80代以上では1425人(同16・8%増)だった。過去の調査では、生活保護を利用している高齢者の自殺リスクが高いとの調査結果も報告されている。生活困窮者の支援活動に取り組む一般社団法人「つくろい東京ファンド」の稲葉剛代表理事がかつて接した人の中にも、あえて病気を治療せずに「緩慢な死」を選ぶ高齢者がいたという。

「コロナ禍でもリーマン・ショックの時もそうですが、日本経済を支えるど真ん中の世代が生活に困窮している状況に対しては、社会全体としてなんとかしないといけないというコンセンサスを得やすい半面、高齢者の貧困は見過ごされがちなのは否めません」

 物価高騰は生活保護を受けている世帯や、少額の年金で生活している高齢者の暮らしを直撃している。生活保護を利用している70代の女性から「ガス代がかさむため温かいものを食べるのをあきらめた」と聞いて稲葉さんはショックを受けたという。

「団塊の世代は裕福と思われがちですが、生活保護を利用している世帯の過半数が高齢者世帯で、うち9割が単身高齢者です。背景には低年金、無年金の問題があって、景気動向にかかわらず増え続けています」

■シルバー民主主義の批判は格差無視する乱暴な議論

 都内で路上生活をしている人の平均年齢は65歳を超え、70~80代の路上生活者も珍しくない。90代で野宿している人もいるという。

 稲葉さんは、若者の投票率アップを呼び掛けるキャンペーンで「シルバー民主主義」という言葉が用いられることに異議を唱えてきた。有権者人口が多く、投票率も高い高齢者層向けの政策が優先され、若年層の声が政治に反映されにくいことを指す言葉だ。

「子どもの貧困問題に真摯に取り組む人たちも、若者の投票率アップを促すためにあえて『シルバー民主主義』という言葉を使って現状を批判するんですが、当然ながら裕福な高齢者もいれば貧困の高齢者もいて、政策に求めるものは全く違う。同じ世代の中でも貧富の差やジェンダーの格差が大きいことを無視して、世代全体を一括りにして語るのはあまりに乱暴な議論です」

 稲葉さんはこう続ける。

「貧困は世代を問わず拡大しています。今の日本社会で富の再分配がきちんと行われていないことが問題なのに、世代間対立をあおることで論点がずらされてしまうのを懸念しています」

 少子高齢化で日本社会はもう持たないんじゃないか。そんな不安心理に付け入る形で、若者と高齢者を分断していく言説は今に始まったことではない。「老人はみんな死ねばいい」といった発言をする人は昔からいた。ただ、たいていは居酒屋談議や暴言を売りにしているお笑いタレントだった。今回の成田さんの「集団自決」発言に、稲葉さんは強い危機感を抱いたという。

「有名大学の学者が発言することで学問的に裏打ちされた主張であるかのようなイメージが社会に広がることを危惧しています。一見、高齢者全体を批判しているように聞こえますが、医療や福祉が社会全体の負担になっているという言説の中で使われる言葉ですから、実際に標的になっているのは貧困の高齢者です」

 これは「優生思想」につながる発言だと稲葉さんは警鐘を鳴らす。

「今回は高齢者がターゲットですが、次は障害者だったり、生活保護利用者だったり、と際限なく広がっていくでしょう。結局、私たちの社会全体の根幹を崩す議論にしかなりません」

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フランスの年金改革法案反対デモでは若者が