photo:(c)2022 le Bureau Films - Heimatfilm GmbH + CO KG - France 2 Cinema
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 2012年12月、労働組合代表のモーリーン・カーニー(イザベル・ユペール)は自宅で衝撃的な目に遭う。会社と従業員を守るために内部告発をして以来、警告や脅迫が続いていた。だが警察は「レイプ被害者に見えない。自作自演では」と彼女を疑う──。実事件をモデルにした社会派サスペンス「私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?」。主演を務めたイザベル・ユペールに見どころを聞いた。

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 実はこの事件を知らなかったんです。監督にオファーされてから映画のベースになったノンフィクションを読み、魅了されました。モーリーンという人物がひとつの層だけでなく、二重三重の層を持った複雑な人だと思ったからです。

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 映画の冒頭で彼女は一人で企業や権力といった「巨悪」に立ち向かう人物として描かれます。しかし恐ろしい事件が起こったことで、別の方向に転換します。「本当にレイプされたのか? 自作自演ではないか」と疑われ、えん罪という二重の痛みを経験することになるのです。彼女が疑われた理由は人々が理想とする「いい被害者」ではなかったからです。常に毅然とし、襲撃を受けた後にもメイクを直します。過去にもレイプ経験があったなども暴露される。そんな彼女に対して「男の耳が聞く解釈」のような暴力が起こるのです。

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「モーリーンは被害者なのか? そうではないのか?」……私はあえて曖昧に演じました。映画的なおもしろさを生むためでもありますが、なによりこの曖昧さこそが現実に起こったことだからです。実際に彼女を見て信じた人と信じない人がいたわけですから。

 役作りの段階でモーリーン本人には会いませんでしたが、監督の提案で外見的な特徴から役に入っていきました。彼女はいつも同じ眼鏡をかけ、ブロンドヘアを結い上げてエレガントな装いをしている。人々が「組合代表」と聞いて思い浮かべる女性とは違います。ヒッチコックのヒロインのような雰囲気を出せるとも感じました。

イザベル・ユペール(俳優)Isabelle Huppert/フランス・パリ出身。ポール・ヴァーホーヴェン監督「エル ELLE」(2016年)ではアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。20日から全国順次公開 (c)Independent Photo Agency Srl / Alamy Stock Photo(イザベル・ユペールさん)

 私はメッセージを伝えようとはしていません。脚本のおもしろさや「この監督と仕事をしたい!」という思いで作品を選びます。ただ結果的に本作はフェミニスト的な観点から何がしかの思いを明確に表しているとも思っています。

(取材/文・中村千晶)

AERA 2023年10月16日号