携帯電話の歴史をたどれば、大きなポイントとなるのが「i-mode」だ。1999年に登場し、ガラケー普及に大きな役割を果たした「i-mode」だが、同時期に「Lモード」というサービスがあったのを覚えているだろうか。i-modeの固定電話版である。01年にNTT東日本、西日本が大々的に投入したサービスだった。
ディスプレーが付いた専用の電話機を使用し、「Lモードメニュー」から、専用着信メロディやニュースサイト、地域情報、グルメ情報、天気予報、レシピ情報といったさまざまなサイトへの接続、携帯メールの送受信などが可能だった。要は、i-modeとサービス内容はほとんど同じである。当時、まだ携帯電話がそれほど普及していない主婦層もターゲットとされていたサービスで、レシピやグルメ情報に力が入っていた。
だが、そこに潜んでいた問題が当時の関係者には見えなかった。 Lモードのサービスを受けるには、電話機を買い替えなければならなかったのだ。それが2~6万円程度だったというから、これならばガラケーを買った方が安い。当時は携帯電話の料金も初期費用、通話料ともに価格競争が激化しはじめた時期だ。「Lモードなら見たサイトをそのままプリントできる(FAXの印刷機能を使用)」ということも売りになっていたが、これはパソコンを使えば事足りたわけだ。
Lモードでできることは、すべてPCでできてしまう。というよりも、携帯電話向けに機能制限されたネット接続がi-modeであるので、その固定電話版のLモードも当然、機能を制限されている。「家にいながら、携帯電話を持っていなくてもi-modeができる」と言われるとなんだか便利そうだが、パソコンとプリンターがあればすべてができてしまう。
2000年当時は、家庭内のネット接続環境がブロードバンド時代に入りつつあった。ところが、Lモード搭載電話機の通信は内蔵のアナログモデムを使用する。通信速度は、なんと33.6kbps。これではどうしようもない。
当初のLモードのターゲットは主婦層だった。「主婦はパソコンを使わないし、携帯電話も持ってない」という前提のもとにLモードが投入された。しかし、実際には、Lモードが発表された当時、若い主婦でも、携帯電話を持っている人は相当数存在したほか、仕事でパソコンを使いこなしていた層も少なくなかった。ここでも読みが外れてしまった。結果として、Lモードは2006年に新規会員登録を終了、2010年にサービスを終了してしまう。
当時は公衆電話にもLモード搭載の機種が出ていた。携帯電話の普及で公衆電話が急速に数を減らし始めた当時、「Lモード搭載なら、携帯電話と同じことができる」ということかもしれないが、これも2006年に全て「従来型のもの」に交換されている。こんな短期間では機種開発、交換の費用は回収不可能だったようだ。
また、固定電話の契約数はこの10年間微減を続けている(2001年に6100万件、2012年には5700万件)。一方、光電話やCATV電話の割合が急増しており、従来型のNTTの固定電話は2001年に約6100万件だったものが、2012年には3000万件を割りこんでいる。かつては独占市場だった固定電話回線のシェアが半減しているのだ。
今、振り返ればナンセンスだったという過去の事例は多い。だが、2001年当時、一般家庭へのPC普及率は50%を超えていた。「Lモード」登場時、すでに日本の半分の家庭にはPCがあったと言っても過言ではない。i-modeの成功をさらに展開させるべく生まれたLモード。市場環境の変化を読み取れずに生まれたサービスだったといえよう。
(ライター・里田実彦)