「同級生たちが流行のアイドルの話題で盛り上がるのに相槌を打ったり、部活で真面目にやらない層に合わせてキャプテンとして振る舞わなければならなかったり、苦痛に感じることが多くありました。結局、摂食障害となり、中学生の頃に入院しました」
「お金を使うのが怖い」
その後、学生時代は自らの性自認について理解してくれる周囲に恵まれた。中学時代から患っていた摂食障害は完治こそしていないものの、精神的な安定を得られた。だがそれは就職を機に暗転する。
「成人式も紋付き袴(はかま)を着て出席した私ですが、社会人になって周囲に理解を求めることがどうしてもできませんでした。『女性として振る舞わなければ』という意識があったと思います」
最初に就職した職場は典型的なブラック企業だった。就労形態を勝手に変更されたり、ハラスメントを受けたりすることは日常的だった。何とか逃れてたどり着いた転職先では、それを取り戻すかのように「認められたい」という思いから自ら長時間労働にのめり込み、うつ病を発症した。
皮肉にも会社側が高橋さんの労働時間を調整する配慮を行ったことが、クレプトマニアへの引き金になってしまう。
「時間があれば『摂食障害』について調べていました。そんなときに摂食障害とクレプトマニアの関係について書かれた本に出合いました。ちょうど労働時間の減少で給料が下がり、前職で不当な収入減少を経験していることもあって、『お金を使うのが怖い』と思うようになってしまったんです。本に書かれたことが自分のことのようで、クレプトマニアに近づいているという認識を持つようになりました」
クレプトマニアを身近なものとして自覚し始めた高橋さんは、結果として、パン一つを盗んだ経験から万引きを重ねることになる。
「万引きがバレて逮捕されたこともありますが、取り調べのときに『次はどうやったらバレずに盗めるか』と対策を考えている始末でした。通院先の主治医と交わした『万引きをしたら正直に申告する』という約束も反故(ほご)にし、自助グループにも更生したような顔をして参加していました」
被害者の気持ちを知り
高橋さんが万引きをやめたのは、自身が窃盗被害に遭った経験が大きいという。クレプトマニア治療で有名な赤城高原ホスピタル(群馬県)に入院したとき、同じ病気で入院している患者による院内窃盗があった。被害者の気持ちを知ったことを契機に「盗(と)りたい」という気持ちが薄れていったという。