アメリカで温泉・銭湯というと、水着で入る場所が多い。プールのついでに入ることも。画像では左上に見えている小さな丸がジャグジー(噴流式泡風呂)(画像提供/筆者)
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 温泉──それはこの世に現れた理想郷。肩まで浸かって体を緩めると、日頃の疲れも悩みもお湯の中に溶けていくようです。しかし、私なら毎日通っても飽きないくらいの温泉を、何があっても入らないと頑なに拒む人がいます。アメリカ人の義母です。

 義母はこの夏、日本に住む私たち一家を尋ねてはるばるミシシッピ州から遊びにきてくれました。初めて口にする日本の食材に舌鼓を打ち、浴衣の着付けを習ったり動物カフェでハリネズミを撫でたりと目新しいことに次々挑んで日本を満喫している義母ですが、ひとつだけ「それだけは無理」と拒絶したのが、温泉へ行くことなのでした。

「だって私、母親の裸も見たことないのよ」と義母。アメリカでは親子別々にシャワーを浴びることが一般的で、子どもを洗うとき親は服を着たまま浅いバスタブのふちに腰かけるだけ。一緒に湯船に浸かるとしても親は水着をつけていたり、親子でバスルームが分かれていることも多いため、義母のように生涯親の裸体を見ないことも珍しくはありません。私の夫も見たことがないと言いますし、我が家の子どもたちもこの分だと父親の丸裸は見ずに育つことになりそうです(母親である私は日本風に子どもと一緒にお風呂に入るので、裸は普通に見せているのですが)。

 そんな文化圏から来た義母にとって、人前で素裸になり、しかも髪や体をゴシゴシ洗うなどは考えられないことなのでした。アメリカにも温泉・銭湯のような施設は、療養目的の天然温泉からリラクゼーション用のスパ、ジャグジー、サウナまで色々ありますが、大抵の場所は水着をつけて入ります。女性専用のスパは水着なしでもいいですよとされているところもありますが、それでも半数の人は水着という印象です。私がアメリカに住んでいるとき通っていた女性専用スパでは裸の人と水着の人が半分ずつ混ざっていて、日本人的にはとても不思議な空間になっていました。

 ただ、そんなふうに水着なしで入れる女性専用スパといえどもシャワールームは壁で仕切られており、裸にはなれても人前で髪や体を洗うのは誰しも抵抗があるのかもしれないと思ったものです。そういえば中国に旅行した際、公衆トイレの個室に壁がないことに驚いて尿意が引っ込んでしまったことがありましたが、日本の温泉・銭湯というのは経験したことがない人にとってはそれくらいプライベートな行為をさらけ出す、抵抗があるものなのかもしれません。こちとら物心ついた時から温泉に入っているのでごく当たり前のように「温泉行く?」と義母を誘ってしまいましたが、家族にさえ裸を見せる文化がない人の心情をきちんとくまなければならないと反省しました。

 義母は、もうひとつ興味深いことを言っていました。いわく、日本人女性は暑い夏でも全身をしっかり隠す。特に肩や足のラインは絶対に出さず、プールでさえ長袖長ズボンのような水着を着用して体を覆っている。温泉では抵抗なく全裸になるのになぜ? とのことです。温泉は男女で分かれているからいいのか、それともチラ見せは恥ずかしくても丸出しなら潔く見せられるのか。温泉ならすっぽんぽんでも恥ずかしくないという単なる習慣、刷り込みなのか。すぐに答えることができませんでした。一体なぜなんでしょうね。

〇大井美紗子(おおい・みさこ)
ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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チラ見せは恥ずかしい?