新津春子さん(朝日新聞出版)
新津春子さん(朝日新聞出版)

 8年前にこの文庫の元本を出したときは、ほんとうに「単純な私」でした。ずっと現場の仕事をやってきて、そのなかで見たことや感じたことをそのままお伝えしました。私の場合、頭で考えるのではなくて、体を動かすなかからしか、言葉って出てこないんです。ただ、自分が体験したことを知ってもらいたいという気持ちはありました。苦労話がしたかったわけじゃないですよ。そうじゃなくて、日本の人たちは豊かな場所で生まれたんですよ、この豊かさは当たり前じゃないんですよ、ということを知ってもらいたかったんです。

 今は、掃除道具ひとつとっても、ものすごくたくさんのものが売っています。でも、道具ばっかり揃えても、うまくお掃除できなくて困っている人がたくさんいますよね。本来は、タオル1枚でもお掃除できるのに、小さいときから買うことに慣れていると「あるもので工夫しよう」「ないなら自分でつくろう」という発想にならないんです。

 私が育ったのは中国の瀋陽という町で、経済的に発達した環境ではありませんでした。その分、ないならじゃあ、どうやって道具をつくろう、と考えることができました。小さいときからそうやってきたから、豊かな日本で育った人たちにも、工夫すれば自分の手でなんとかできるんですよ、と知ってもらいたかったんです。

清掃中の新津春子さん(朝日新聞出版)
清掃中の新津春子さん(朝日新聞出版)

■清掃の仕事は、現場を離れるとあっというまについていけなくなります

 本を出したりテレビに出たりするようになって、とてもうれしかったことがあります。現場に出ているスタッフさんたちが、「今日、清掃している最中に、お客様から『ありがとう』と言われましたよ」と、うれしそうに報告してくれることが増えたのです。私がテレビ番組で「私たちは清掃していても、ひとことも褒められたことありません。私たちの姿全然目に入ってないんですよ。清掃の仕事は下に見られてますよね」と言ってしまったからだと思うんですけど(笑)。お客様アンケートでも褒め言葉が増えて、クレームが少なくなりました。

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