4月15日、和歌山市で岸田文雄首相が襲撃された。昨年7月には安倍晋三元首相が銃撃され死亡した。政治家への襲撃事件が相次ぐ。暴力は何も生まない。求められるものは何か。AERA 2023年5月22日号から。
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なぜ今、暴力が政治家に向かうのか。一線を越えたのはなぜか。
政治学者で東京大学の御厨貴(みくりやたかし)名誉教授は、「言葉の力が弱まってきたことと関係がある」と指摘する。
「この10年ぐらいでSNSが浸透し、誰もが平等に自分の意見を発信することができるようになりました。しかし、平等化と同時に何が起きているかと言えば、激しい言葉で相手を誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)する言葉の応酬です。その結果、言葉で人を説得するのではなく、逆の方向に走る。つまり、暴力で排除しようとしていると、漠然とですが感じています」
フォトジャーナリストの安田菜津紀さんは、「岸田首相襲撃事件の動機などまだよくわからない」とした上で、次のように語る。
「今考えるべきは、排除ありきの社会がまかり通っていること自体ではないかと思います」
外国ルーツの人をターゲットにしたヘイトクライムはたびたび起き、「高齢者は集団自決を」という発言まであった。岸田首相襲撃では、聴衆の中から容疑者に向け「殺せ、殺せ」という声が上がり、SNSでも広がった。
「殺せ」という声は、現場にいて恐怖の中で吐いてしまったのかもしれない。それを前提にしても、「命が奪われても致し方ない」という言葉が、その場にいなかった人間の間にも拡散されていったことに、怖さを覚えるという。
「暴力の広がりに懸念を示すのは大切ですが、排除ありきの社会がまかり通ってきたのは、マイノリティーへの暴力が往々にして見過ごされてきたから。繰り返さないためには何が必要なのかという、事件の検証や掘り下げが妨げられがちな社会的土壌があるからではないかと思います」(安田さん)
暴力は、さらなる暴力を生むのか。
昭和史研究者で、学習院大学前学長の井上寿一(とすかず)同大教授によれば、昭和初期のテロやクーデターは、政党内閣が盤石な時代に起きたという。
「その点で言えば、再び起きないとは言えません」