テレビ番組などを観ていて、嫌な相手を論破したりコテンパンにやり込めたりしてスカッとする場面は爽快に感じられますが、実生活ではなかなかそうはいかないもの。職場の上司、親戚やママ友、ご近所さん......関係性や付き合いを考えると、言い返したいのを飲み込んでぐっと我慢している人も多いのではないでしょうか。
そんな私たちに向けて、脳科学者の中野信子さんが提案するのが"NOとハッキリ言わずに巧みにNOを伝える"というたいへん高度な戦略。その手本にすべき存在として中野さんが挙げるのが京都の人々です。
中野さんは著書『エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」』のなかで、不快なことを「無視したり、抑圧したりして、なかったことにするのではなく、『エレガントな毒』として昇華しながら、自分の心も相手との関係性も大切にマイルドに扱っていこうという知恵が、京都人たちのイケズの中にはあるように思います」と記しています。同書はそんな"エレガントな毒の吐き方"を、数々のシチュエーションに対する京都式の言い回しをもとに学べる一冊です。
ここでは、クイズ形式で具体的な事例を出している第2章の一部を紹介します。無理な依頼を断りたいとき、ことあるごとにマウンティングしてくる人への返し方、仕事ができない人に不満を伝えたいときなどのシチュエーションに対し、一般的な回答と京都の人に調査した回答の両方が記されています。
たとえば、無理な文句を言ってこられたときはどうでしょうか。「そんなの言われても困ります!」あたりが無難な返し方ではないかと思いますが、京都式の回答例はこうです。
「いやあ、おもろいこと言わはるわぁ。けったいなひとやなぁ。なるほどそうどすか、そらえらいすんまへん。私ら不調法ですさかいによう分かりまへんけど、ええ勉強させてもらいました」(同書より)
特に理由も説明もなく「おもしろい」を使うのは、「理解できない」「変だ」「頭が悪い」といったニュアンスが込められているのだそうです。さらに「けったい」という言葉にも注目。本来は「面白おかしい」「ちょっと変わった」といった意味ですが、無表情で言われたときには怒り・拒絶の最大限のアピールだというから要注意です。さらには、言い回し自体も「ちょっと謙遜した風を装ってさらに突き放すことで、怒りがエレガントに表現されている」(同書より)のだそうです。
こうした具体例をもとに、第3章では私たちが日常で利用する際のテクニックを解説。「次からこの場面ではこうやってエレガントに言い返そう!」と脳内シミュレーションするのによさそうです。また、第4章で科学の視点から「京都的戦略」が分析されているのは、脳科学者である中野さんならでは。さらに最終章の第5章では、中野さんとも親交のある京都出身のお笑いコンビ「ブラックマヨネーズ」へのインタビューも掲載されています。
「戦略的にあいまいさを残し、余白と緩衝地帯を巧みに使いこなしていく、というのが京都人から学ぶエレガントな人間関係の知恵」だという中野さん。そんな知的で高度なテクニックを完ぺきに習得するのは難しくとも、そのエッセンスだけでも学びたいものです。なんといっても、コミュニケーションは私たちが一生かけて付き合っていかなくてはならないものなのですから。
[文・鷺ノ宮やよい]