写っているのは捜査中の刑事だ。神田の古書店に眠っていたモノクロ・プリントの束を、ミステリー作家の乙一氏がドキュメンタリータッチに並べ直した。東京の下町、旅館、駅の待合。昭和33年に茨城県で遺体が見つかった「バラバラ殺人事件」の捜査に随伴した写真家がいた。当局が許したことが驚きだ。
 写真の一枚一枚に説明はなく、当時の新聞を読み込む中から、乙一氏は「その場所」の意味を探り出している。写真に物語らせ、点景はつながりをもつ。写真説明が「ない」がゆえ、あとがきの種明かしはスリリングだ。
 ハンチングにコート。履きこまれた革靴。襟のバッジ。「ぞうすい一杯十円」の貼り紙がひらひらする夜更けの飯屋で、顔をほころばせる刑事。物のなかったニッポンへと読者は嵌まり込む。まさに松本清張の世界だ。黒電話を大机の真ん中に置いた捜査会議。映画やドラマで既視感はあるものの、迫力が異なる。眼光が、表情が。緊迫感漂う写真の合間に、子供を相手に竹玩具で遊んでやっている路面の光景が挟まっているのがまたいい。

週刊朝日 2014年12月26日号