最近の新書は「有名人のノンキな自伝」発表の場になっているような気がする。その「有名人」というのは、功成り名遂げ、悠々自適、すでに第一線ではない。そういう「昔超有名人」の出した新書は、途中で自分の昔話自慢話になる、そのゆるい流れが「現在の新書」の現状をよく表している。
 さてこの杉良太郎の新書、タイトルはいかにも新書風だが内容は昔語り。では「隠居の自慢放言」かといえば、そうではない。
 内容はまさに、自分がいかに努力の末に役をつかみ取ってきたかとか、いかに努力して舞台をいいものにしてるかとか、いかに有名人に自分の努力を認めてもらったかとか、いい気な話ばっかりなのだ。しかし口調に異様な迫力……うまく説明できないのだが……チンケな虚栄心などとは遠く離れた迫力がある。松本清張も半生記を書くために追いかけていたという、伝説の大物総会屋である上森子鉄から電話がかかってきて会った、というエピソードなどぼう然とする。大物総会屋とくれば黒い交際とかを想起させるので隠してるのだろうか、と考えてもみたが、どうもそういう感じはしない。互いに生い立ちを語りあうのである。
「大物が『わしはここまで生きてきて、こんなに偉い子に会ったのははじめてだ』と語った、それを皆さまにお伝えしたい、私は杉良太郎だから!」とじっと目を見て言われてる感じだ。
 舞台で切腹シーンを本気でやるために豚の臓物を用意して、ブスリとやったら腸があふれ出るように工夫をした、という記述がある。その工夫自体に新味はない。でも、切腹場面に懸けるその力の入れようが、なんともヘン(悪い意味ではないのだが、他に言い方をおもいつかない)なのだ。ただ、この切腹観は、三島由紀夫などどう思ったのか、生きていたら切腹対談などしてみてもらいたかった、というぐらいの、なんともいえぬ凄みである。
 杉良太郎。よくわからないがなんだか凄い、と思わせる本である。

週刊朝日 2014年11月28日号

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