【ラ・フォル・ジュルネ】などで来日経験があり、MIRAREレーベルなどに、シューベルトやシューマン、ブラームスの独奏曲や室内楽の極めて優れた録音を刻んできたアダム・ラルームは、いま最も将来を嘱望されるピアニストの一人である。
そんな彼が遂にSONYから国際デビューを飾るにあたって、これもSONY初登場となるわが国の山田和樹率いるベルリン放送響との録音曲目として選んだのは、いずれ劣らぬスケールと、技巧的・音楽的難易度で鳴るブラームスの2つのピアノ協奏曲である。
翳りをおびた憂愁と、その底にゆらめく灼熱の情熱が綯い交ぜになった、いかにも初期ブラームスらしい第1番。その第1楽章で、山田は当初少々早めのテンポ取りでキビキビとした音楽を聴かせる。そして入って来るラルームの音のなんという艶やかさ! テクニックで押し切る奏者では全くないが、あの両手オクターヴのトリルは十二分に輝かしく、それでいてなお、まろやかで透明感あるソノリティに曇りがない。音の粒は常に揃い、全ての音が分離して聞こえて来る。楽器を存分に鳴らし切るタッチコントロール技術とペダリングは、既に世界の超一流の域に達している。そこここでラルームの熱い息づかいをマイクが拾っているのはご愛敬というもの。
そんなラルームの真摯なアプローチは、第2楽章でも真価を発揮しており、そのしなやかな抒情性と手を相携え、山田がやさしく対旋律を、あるいは埋没しがちな管楽器を浮かび上がらせると、まだ青さの残るオーケストレーションが、のっぺりとした外皮を脱ぎ捨てた立体的な音像として立ち上がる。
第3楽章では、高音域から雪崩れ落ちる両手スケールで一気にアッチェレランドするのではなく、キッチリ音価を揃えてくる。こうして初期ブラームス作品における、感情のめまぐるしいまでの転移を、あくまでも一続きの連続体、グラデーションとして提示し、その鬱勃たるパトスを余すところなく描き出している。
技巧的難度も一段と上がった、ブラームスの絶頂期に書かれた2番の演奏も充実した演奏だ。第1楽章でラルームは要所要所でペダルをベタ踏みせずにデタッシェ気味に弾く。そのフレージングとアーティキュレーションが生む音楽は、いままさに音楽が湧き上がるかのような清心な息吹がある。山田は、こちらでもやはり管楽器の扱いが実に上手く、耳に新しいレガートの用い方も巧みだ。
第2楽章は期待通りの素晴らしさ、第3楽章では、山田のテンポ取りは若干早め。思わせぶりなアゴーギクも効かせず、この楽章に重すぎる物語を背負わせようとはしない。冒頭から主旋律を取るチェロ、あるいは中盤のクラリネットはじめとするオケ、それに絡むラルームもあっさりとして、そのぶんだけ音楽そのものの滋味を噛み締めることが出来る。フィナーレではブラームス特有の不協和音やリズムを印象的に切り出し、かくして懐深い包容力でがっちりと受け止めた音楽が華やかに閉じられる。
過ぎ去りし時代を懐かしむかのような、重厚な手応えのある20世紀の名演もいい。だが、ラルーム=山田の演奏には、よい意味での洒脱さと、全曲を見渡すヴィジョンが備わっている。この録音は、21世紀の新たなるリファレンス盤と言って差し支えないものだ。Text:川田朔也
◎リリース情報
『ブラームス ピアノ協奏曲第1番、第2番』
アダム・ラルーム(ピアノ)
ベルリン放送交響楽団
山田和樹(指揮)
SICC-30479/80 3,240円(tax in.)