全国の小学生が感動するという、話題の「数学エンターテインメント」が絵本化し『親子で楽しむ! わくわく 数の世界の大冒険』が日本図書センターから出版された。
この絵本は『毎日小学生新聞』に連載された「わくわく 数の世界の大冒険」を編集し、子どもから大人まで多くの読者の声にこたえたものだ。
主人公は勇気いっぱいの少年、船員プーラス。みんなのたよれるリーダー、ヒック船長は困ったときにプーラスの冒険を助けてくれる。そしてプーラスの相棒、船員カッケル(クマ)。少しおっちょこちょいだけどとってもいいヤツ。3人は数の宝島を目指して冒険する。マジック島、ピラミッド島、エピソード島、九九島、連続島、倍数判定島の6つの島を巡りながら、数の不思議が学べる数学絵本だ。一日1テーマで楽しめ、自然に算数・数学が好きになるということで注目されている。
「自分の中にあるストックがベースになって書き始めました」と話す、著者であるサイエンスナビゲーターの桜井進さんに話を聞いた。
連載の特色としては、読者からの反響もあり、テーマがテーマを生んでいくという。過程としては、まず桜井さんが原文とイメージ画をつくる。そのイメージ画から、イラストレーターのふわこういちろうさんが絵を描く。
桜井さんは、以前からこのような絵本をつくりたいと切に願っていた。自分が考えるような数学の絵本が、日本になかったからだ。この絵本には算数の部分も含まれているが、数学なのである。それを小学校1、2年生は親の読み聞かせによって、3年生以上の子どもは一人でも読める。親が読んでも、子どもが親に読み聞かせられても、子どもが自分で読んでもおもしろいと思ってくれるように、平易な言葉を選び、文体などのつくりにも工夫している。見ていても楽しく、考えれば考えるほど味が出てきて、知的好奇心をくすぐり、幸せな気分になれるように。指数、関数などという言葉は絶対に使ってはいけない。その二文字が命取りだという。親のところでストップしてしまうし、そのような中学校以上の難しい言葉は使わないようにしている。
■勉強と学習の意味
この絵本に算数・数学という教科名、学校のテストのため、受験のため、さらに勉強、学習という言葉も表記していない。親子で学ぶのではなく、親子で楽しむのだ。勉強と学習は漢字二文字だが、日本人はほとんど同義に使っている場合が多い。しかし、実際には雲泥の差がある。勉強という言葉は勉(つとむ)ることを強いると書く。やれと言われて泣きながらでもテストのためにやらなければならない。学習は自発的に学ぶ、習うということに使う言葉だ。
桜井さんは、全国の小学校でも数学エンターテインメントショーの講演をしている。たいてい低学年の1、2年生が盛り上がり、高学年の5、6年生が冷静に聞いているという。100分の講演の中で、最後の20?30分を質疑応答に当てている。1、2年生は食い入るようにしっかりと見て聞いていて、声をあげて笑い、最後はスタンディングオベーションになる。質問をしたくて立ち上がって手を上げる。それを先生たちは呆然と見ている。低学年は「数字は誰が発明したのですか? どうして足し算、引き算、かけ算、割り算があって、足し算を初めに習うのですか?」などと自分が本当に思ったことを聞いてくる。平然と数学の根源的な質問をするのだ。
桜井さんが語る数学の大事なキーワードは物語だ。数学は人と時の流れがある物語なのだ。中学校、高校で習う数学は、人と時の流れが一切ない。誰が、いつ、どのような目的・きっかけで、どう役に立っているのか。数学には、過去・現在・未来があるという。
日本人の脳の使い方として、もはや受験だけのために勉強をしているようではもったいなさ過ぎる。老若男女が、常に身近で数学と付き合えるようなものを提供していきたいと思っている。そのひとつが桜井さんのいう物語だ。「大冒険」というところから物語が始まる。主人公がいろいろな所を冒険していく。数学の歴史も含め昔話が出てくる。絵は見た瞬間、絵本という物語性を持つのだ。
桜井さんは3つの大学でも非常勤講師をしている。それらの大学での講座はすべて共通し「数学とは何か」ということを大学生たちと一緒に考えているという。高校まで習ってきた数学だが、一番大事な「数学とは何か」、これを授業の中で一度も問われてきていないし、先生も話さない。なぜならば、そんな問題はテストに出ない、出さないからだ。算数が数学になった中学1年生の時から「数学とは? 算数から数学になって何がどう変わるのか?」について、最初の授業で何の説明もされない。結局、高校3年生まで一度も「数学とは何か」ということに触れられないのだ。
■数と数字の違い
実は、数と数字の違いについては、小学校1年生で習っている。算数の教科書の1ページ目に「数と数字」という見出しがある。ほとんどの人が忘れているが、そんな難しいことを小学校1年生の最初に学んでいたのだ。小学校6年間の算数は、理屈の部分はほとんど頭に残っていない。残っているのは計算方法だけだ。もちろんそれは威力を発揮して役に立っているので、意味はある。小学校の教科書は、中学生、高校生、大学生、大人になっても難しいのだ。人類が数万年かけて築き上げてきたことが凝縮されていて、考えれば考えるほど難しい。
この絵本には、親が知っていることがあまりないこともあり、子どもとスタートラインが一緒なのでともに楽しめる。次第に子どもが先にページを読んで親に質問をする。クイズを出すこともある。桜井さんが願った通りだが、一家団欒(だんらん)の場でこの絵本を題材に盛り上がる。子どもは、自分が知ったことを人に聞いてほしいのだ。誰かに語りたくて仕方がない。得た知識を自慢したいのだ。
高学年は受験で大変になる。だから、低学年から中学年くらいまでひたすら楽しむことだ。最終的には役に立つことなので、好きになった者勝ちである。数の世界はおもしろい、素敵なんだ、と。高学年、中学校、高校、大学、そして社会に出ても、結果的に十分に役に立つのだ。
現在の発行部数は8万部だが、増刷の予定も含めると10万部くらいになる。数学は古くなることがないので、ロングセラーが期待できる。外国にもこのような絵本がないため、中国、韓国、台湾などから翻訳本の打診もあるようだ。読者や書店から続編の希望が多く、第2弾も出版された。
自分の頭で考え計算することで、数の世界の本当のおもしろさを味わうことができる。計算は旅。イコールというレールを数式の列車が走る。
『sesame』2013年5月号(2013年4月6日発売)より
http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=14842