
今回は『マイルスを聴け!』の緊急的番外最新情報です。
公式盤『マイルス・アット・フィルモア』には水曜・木曜・金曜・土曜と、曜日とマイルスの名をくっつけた4曲(というのもヘンな表現ですね)が収録されていたが、それらは約50分の演奏を半分に編集・短縮したものだった。そしてそれらを完全に収録したのが、「コンプリート」と題された完全版。これまで水曜・金曜・土曜が発売されていたが、今回ついに待望の木曜が登場した。『コンプリート・サーズデイ・マイルス・アット・フィルモア』(データは文末を参照)。
まず完全版だが、これが仕様的にちょっとややこしい。4日間それぞれにマルチ・トラック・マスター・ヴァージョン、同ヴァージョンにオルタネイト・ヴァージョンを加えたもの、さらにマルチ・トラック・セパレート・ヴァージョンと3種類ある。最後のセパレート・ヴァージョンとは、チック・コリアとキース・ジャレット、デイヴ・ホランドとジャック・デジョネット、マイルスとスティーヴ・グロスマンとアイアート・モレイラといった具合に3組に分けた上で、それぞれの組の演奏だけ音が大きくミックスされ特化したものになっている。これによって細部の動きが克明にわかるという仕掛け。
公式盤『アット・フィルモア』は「演奏を聴く」ものだが、完全版4枚は「曲としての演奏を聴く」ものに変質している。どういうことかといえば公式盤においては曲のテーマ・メロディーがカットされ、何を演奏しているのかわからない。
一方、完全版ではテーマ・メロディーがあることによって「楽曲」が姿を現し、マイルス一党は律儀にも基本に忠実に演奏していたことがわかる。公式盤より保守的に感じられるのはそういうためだろう。さらにグロスマンがテナー・サックスでソロを吹いていたこともわかり(公式でのソロはソプラノ・サックス)、それがジャズ的濃度を高めている。
完全版を聴けば公式盤『アット・フィルモア』にかなり「おいしい部分」が拾われていることがわかるが、それでもまだまだ食べ尽くされていないこともまた改めてわかる。4日間のなかで最も大きなちがいがあるのは、今回の木曜日。決してオーヴァーでなく、まったく別の演奏とまで言い切ってしまっても許されるだろう。
もちろん「おいしい部分」は『アット・フィルモア』でも聴けるが、じつは「もっとおいしい部分」が拾われていなかった。ここまでの落差は他の水曜・金曜・土曜にはなかった。その意味で完全版としての価値はこの木曜日がいちばん高い。
全体的な印象としてはデジョネットの張り切り方がハンパなくすごい。まるでトニー・ウイリアムスが乗り移ったかのような瞬間も続出する。逆にややションボリしているのがグロスマンか。他の曜日ではテナー・サックスでソロをぶちかましているにもかかわらず、この日はソプラノ・サックスを主体に吹き、しかも元気がない。もちろんマイルスは絶好調、グロスマンにカツを入れるべくパワーいっぱいに飛ばしまくっている。チックもキースもホランドも好調を堅持、アイアートがいつにも増して元気に暴れまくっている。
そして《イッツ・アバウト・ザット・タイム》最高のヴァージョンが登場する。この殺気、緊張感、スリルとサスペンス。マイルスが放つ一音に導かれ、すべての音がもんどりうって坂を転げ落ち、駐車違反の車の列を踏みつけ突進していく。マイルスが最後に吹く必殺のスパニッシュ・メロディーたるや!
演奏はこれをツナギとして《ビッチェズ・ブリュー》になだれ込んでいくが、このあたりのキースとチックのバッキングは芸術的というしかないレヴェルに達している。キースが一音を鳴らしつづけているが、これは後年マイルスがシンセサイザーで再利用した技のオリジナルではないか。ともあれ圧倒的な木曜日のマイルス。さあじっくりと聴き倒そうではないか。[次回2/10更新予定]
Complete Thursday Miles At Fillmore / Miles Davis
Miles Davis (tp) Steve Grossman (ss, ts) Chick Corea (elp, per) Keith Jarrett (org, fl) Dave Holland (b, elb) Jack DeJohnette (ds) Airto Moreira (per, voice)
1970/6/18 New York
Original Producer=Teo Macero
(So What)
1.Directions
2.The Mask
3.It's About That Time
4.Bitches Brew-The Theme