とはいえ、ドキュメンタリーにドラマを融合させる作業は、苦労しただろう。
「編集はとても難しかったです。ドキュメンタリーの場面は、インタビュー式でなく、観察式で密着する方法でした。再現部分では14日間かかり、アーカイブ映像も入れましたので、これらをバランスよく合わせるのが難しかった。編集で16カ月、うち3カ月はドイツのスタジオにこもりました。10バージョンぐらい作ったのですが、どれもしっくりこない。複雑な事情のある香港を観客に理解させるために、いかにバランスよく構成するかで時間がかかりました。編集するうちに気付いたのですが、3つの歴史的な事件はバロック音楽のリピートのような感覚として認識されるようになっていました」
2019年の大規模デモの後、2020年には、香港国家安全維持法(国安法)が施行され、言論の自由は窮地に立たされている。海を泳ぎ、香港に逃れてきたチャン・ハックチー氏が、毎日のように海中に飛び込むシーンが出てくる。何らかの寓意を込めたのか。
「海で泳ぐシーンは3回出てきます。海を自由の象徴ととらえる人もいるでしょう。2回目は暴風雨の中。自由が奪われそうな時でも泳ぐという風にとらえる人もいるでしょうね。最後は自由がなくなった時代になっても泳ぐ。香港はどうあるべきか、どうなっていくのか、想像をかきたててほしいところです」
その香港での上映については、こう見ている。
「国安法の影響で、自由は失われつつあります。『乱世備忘』はミニシアターで上映できたので、この映画も、撮影当初(2017年)には香港でも上映できるかなと思っていました。しかし、2021年には映画の検閲・取り締まりも始まりましたので、たぶん、香港では上映されないでしょう」
最後の場面、約5分間は沈鬱が広がる。
「無言で、いろんな顔が出てくる。なかには逮捕された人、海外に逃げた人、法廷と向き合う人、これから何年間か刑務所に入るかもしれない人。そういう人々の顔があるのです。どこにいようが、僕たちはここにいるよ、『自由』や『民衆』という僕たちが信じている価値観はずっとここに存在しているよ、ということを伝えたかったのです。今の香港の状態から言うと、希望を持つ人はそんなにいない。でも、映画を見た人の中に意外にも希望をもったというコメントもありました。重苦しくても、随所でそう感じていただける映画なのかもしれません。香港、香港人のアイデンティティーはずっと変わり続け、今もこれからも変わり続けるでしょう。ただ、それらは地域、場所に関係なく、価値観として心の中に存在し続けるのです」
変わり続けるアイデンティティー。その一方で、変わらぬものがあるという。
「香港は、香港人にとって生活の場であるのに、自分たちの運命を自分たちで決められない場所です。その落胆、失望感、幻滅は変わっていないんですよね。それはデモ運動が終わったというような失望ではありません。香港には、ずっと思考し続けていかないといけないと思っている人がいる。どうするべきか答えがない状況下で思考し続けている人たちの感覚こそ失望感なのです」
(文/米原範彦)