玉本は「あなたの目がみえないのは、七代以上前の先祖に色情のたたりがあるからです。たたりを払うには三代にわたって出家しなければいけません。あなたが出家しても一代で終わります」と説いた。

 出家に代わるものとして玉本が勧めたのが、印鑑の購入である。象牙の3本セット63万円の印鑑をA子さんは即座に買った。ついでに玉本が勧めた弥勒印も買うことにした。40万円だった。

 2日後、A子さんは玉本に導かれて銀行に行った。印鑑の代金を預金からおろす手続きは、玉本がしてくれた。A子さんは1枚の白紙に大きな字を書くことはできるが、銀行の用紙への記人となると、不可能だった。

 2月2日、玉本が「偉い先生からいい話がきけますよ」と電話してきた。A子さんは迎えの車に乗せられ、小倉北区下到津5丁目に連れて行かれた。ホワイト・キャッスルというマンションの二階の、「霊場」と呼ばれる一室だった。

 カジワラという女の先生が、先祖、親類について細かく尋ねた。職業、病歴。死者の場合は死因や死に至る状況を説明させられた。先生は家系図をつくっている気配だったという。質問が終わると、「霊楽」の購入を勧められた。カジワラ先生は「体のなかの悪いものが全部出ます。網膜剥離にも効きます。がんをはじめ万病に効くんですよ」といった。

 1980年、A子さんは身障者2級から1級へと進み、それまでは楽しみだったデバートでの買い物もおぼつかなくなった。自分の目の深い病を知りつくしているA子さんは、カジワラ先生がいう霊楽に半信半疑だった。しかし「できなくなった買い物への衝動が甦ったようだった」と彼女はいう。

 とにかく、1本8万円の「高麗人参濃縮液」を12本、96万円分買ってしまった。玉本に連れられて、再び銀行に行った。その日は雪だった。曇り空と積雪という条件のもとでなら、A子さんは少し視力を取り戻すことがある。彼女は初めて玉本という女性を見た。浅黒い顔、小柄だった。

 霊楽で目がなおるなんて、という不信感がまた突き上げてきて、彼女は玉本と言い争った。玉本は、「暖かい銀行のなかに入りましょう」といった。その疲れた、さびしそうな声を聞くと、A子さんの怒りのようなものはたちまちしぼんだ。

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