AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
『おやじはニーチェ 認知症の父と過ごした436日』は、高橋秀実さんの著書。母が亡くなり、高橋さんは認知症の父の介護をすることになる。高橋さんを兄貴と呼び、同じ話を繰り返す父。その言動が古今東西の哲学書や文学作品をひもとくことで全く違って見えてくる。認知症に新たな角度から光を当てる体験型ノンフィクション。高橋さんに、同書にかける思いを聞いた。※高は「はしごだか」
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きっかけは「メモしてないの?」という妻の一言だった。認知症の父親は子ども時代に宮城県黒川郡に疎開して苦労したという話を繰り返す。またその話かとうんざりしていたとき、妻に指摘されて父親の言葉を一字一句ノートに記録することにした。
「書くことに集中するせいか気持ちが楽になったんです。面と向かって目と目を合わせていると苛立つけど、書くと視線が外れるから親父もしゃべりやすいようで」
文字にしてみると同じと思っていた話も内容が少しずつ変わっていく。ノートをもとに高橋秀実さん(61)の思索が始まった。
「以前ニーチェを読んだときは、何が言いたいのかよくわからなかった。でも親父のことだと思うとわかったんです。『永遠回帰』とは子ども時代の話を繰り返すということだし、偽善を見抜いて、すべてを力と力の関係として捉える。親父はニーチェのように美辞麗句に惑わされず、力関係に敏感なんですよ」
まず医者や先生に弱い。炎天下に散歩に行こうとしたときも「熱中症になって死ぬと先生が言ってたよ」と脅せば、「そうか、じゃあやめよう」となる。
「私の妻にも弱かった。通常、認知症の人には『大丈夫ですよ』と声をかけるというのが思いやりとされていますが、妻は父に『大丈夫じゃありません』と容赦なくダメ出しをする。厳しいようですが、いざという時に助けてくれるのは彼女だと動物的に感じていたのでしょう。ニーチェも愛こそが力と言っていましたし」