2007年から約12年間、アエラでコラムを連載していたぐっちーさんが亡くなって約5カ月。トランプ大統領誕生から、亡くなる直前に書かれた絶筆までの177本を完全収録した遺作、『ぐっちーさんが遺した日本経済への最終提言177』が2月21日に発売された。そんな177本から、編集者が真っ先に読んでほしいと思った「名作」トップ10を厳選。その中から5位「リーマン・ショック10年、質の悪い記事にため息」を紹介する。

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 リーマン・ショックから10年ということで、現場をろくに知らない学者、評論家、メディアによるいい加減な記事が横行していてため息が出ています。2006年時点で米国発の経済危機を的確に予言し、08年には渦中のニューヨークで会社を守っていた者としては、10年たってもこれかよ、と言いたくなります。

 特に質が悪かったのは、某経済新聞に載った記事です。

「ファンドなどを通じてあふれ出たマネーが新たなバブルを生みだしてもいる。(中略)際限なく膨張するマネーをどう制御していくか。再び重い課題が突きつけられている」

 冗談ではない、一体どこにマネーがあふれるファンドがあるのか実名を出してみろ、と言いたい。際限なく膨張するマネーなんてどこにも存在していない。一体何を根拠にこういう記事を書いているのか。

 私が日本人の経済評論家でほぼ唯一、米国発の経済危機を予言できたのは偶然ではありません。ポイントは二つ。まず米国の住宅価格が高すぎたこと。若年労働人口が減少していた00年代に住宅価格が過剰に上がること自体、マクロ経済的にはかなり怪しいと見るべきです。実際にはローン基準(クレジットスコア)がかなり下がり、本来家を買えないような人まで住宅ローンの審査に通っていました。これはFRBのデータを見れば一目瞭然の事実でした。

 二つ目は、こちらが重要なのですが、レバレッジという仕組みの発展です。例えば100億円のビルを購入する場合を考えます。10億円のエクイティ(資本)を調達し、残り90億円は銀行ローンで調達すると、レバレッジは10倍となります。この例では90億のローンがきちんと返済されるかどうかがポイントですが、恐らく成立しないでしょう。家賃が2カ月くらい滞納されると資本の10億は飛んでしまい、ビルの経営が破綻してローンが毀損する可能性が極めて高いからです。

 
 そこに出てきたのが金融工学です。一つのビルではなく、例えば1千万円の資産を1千個集めてきて100億円の資産とする。そして、一つのビルが倒産する確率よりも、分散した1千個の資産の方が倒産確率が低い、だからこの資産に対してローンを貸し出しても安心だ──という理屈で、格付け会社が高い格付けを付けたわけです。

 このモデルには欠点があります。集めてきた1千万円の資産一つ一つは、何らかの原資産の一部に過ぎません。たとえば5千万円の住宅の一部を1千万円の資産として切り取っているわけです。もしその資産が毀損した(住宅ローンなら不払いになった)場合、一体どうやってその住宅の一部の債権を差し押さえるのか、という現実が全く見えていない数学者の発想でしかないのです。

 住宅バブルがはじけてみたら1千の資産が同時多発的に毀損し、さらに実際に差し押さえに行く方法すらなく、担保とは名ばかりで、実際には紙切れでしかなかった──というのが、あのリーマン・ショックの引き金なのです。

 かつて大手投資銀行のベアー・スターンズでそんな金融商品を販売していた私には、破綻したら絶対に回収不能だ、という確信がありました。なので自ら販売停止を決め、会社をクビになりましたが、その判断は今でも間違っていたとは思っていません。

 担保があるように見えても差し押さえが実行不可能なのは、どの投資銀行も知っていました。結局「俺は担保を持っている」と叫んでみたところで本当に持っているわけではないので、「ここは危ない」と言われたところから追い込まれていきます。誰も資金を融通してくれなくなるわけですね。それが資本主義における信用というものです。その結果、わたくしがいたベアー・スターンズとリーマン・ブラザーズが倒産し、モルガン・スタンレーとゴールドマン・サックスはかろうじて難を逃れた、というのが2008年に起きたことだったのです。

 そして、資産が分散していることだけが安全の根拠であったこれらの危ない債券(ローン)を大量に保有していたのは日本の銀行でなく、実は欧州の銀行であったことをわたくしは知っていました。実際に売っていたからです。ですからアエラ誌上で次は欧州危機だ、とすぐ言い始めたわけですね。当初、なんでヨーロッパなんだ、と蔑みの目で見られましたが、予告通り欧州危機がやってきましたね。

 
 さて、今の米国経済統計を見る限り、レバレッジは3倍程度に抑えられていて、当時と違い若年労働人口の増加に見合って需要や与信が伸びている。それらが08年時の総額を超えたからバブルの再現だ、という、前回の経済新聞の記者は勉強不足を反省するべきでしょう。正直、今の米国経済を揺るがすリスクはトランプ大統領の気まぐれだけだと言っていいと思います。

 ここで「危機の芽」とかいうのは、東京にはいつか地震が来るぞ!!と叫んでいる次元と変わらない、ということです。そりゃ、いつかは来るのですが、それをやっていたらフェイクニュースの嵐になってしまうわけですね。

※AERA 2018年9月24日号、10月1日号

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ぐっちー

ぐっちー

ぐっちーさん/1960年東京生まれ。モルガン・スタンレーなどを経て、投資会社でM&Aなどを手がける。本連載を加筆・再構成した『ぐっちーさんの政府も日銀も知らない経済復活の条件』が発売中

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