「乙武さんが歩く姿を見て『感動した』とか、『歩けてよかったね』という感想が多く聞かれました。でも、それは健常者目線の一方的な感動で、乙武さん自身はそうは思っていないし、今後も車いすで生活すると思います。今回のプロジェクトでは、私たちは健常者であるほうが幸せだと思い込んでいて、健常者のように歩くことが正しいと思っていることも露呈されました」
また、「歩けないから車いすに乗る」ということと、「歩けるけど車いすに乗る」は、似ているようだが全然違うという。
「テクノロジーによって誰もが歩くという選択肢を得られることが、このプロジェクトの大切なメッセージです」
遠藤さんがこれまで社会に提示したもう一つの「驚き」が、競技用義足の開発だ。
競技用義足ではアイスランドのオズール社、ドイツのオットーボック社が圧倒的シェアを誇っているが、サイボーグ社は義足の開発を始めてわずか2年後の2016年リオ大会でパラリンピックデビュー。陸上競技の佐藤圭太選手が400メートルリレーで銅メダルを獲得した。
リオ大会後には、15年、16年の全米選手権チャンピオンのジャリッド・ウォレス選手とも契約を交わし、17年の世界パラ陸上選手権で200メートルの金メダリストとなった。
さらに、20年に入ってからわずか1カ月あまりの間に、競技用義足に二つの大きな改良を行っている。一つは、板バネの形状の変更、もう一つは材料であるカーボン繊維の見直しだ。
形状変更は、ウォレス選手からのリクエストに応えたもの。スタート地点で前傾姿勢をとる際に、地面を点ではなく面でとらえられるよう、つま先をほんの少しカーブさせた。
材料の見直しは、遠藤さんの仮説に基づいたチャレンジだ。サイボーグ社の板バネは他社より奥行きが長い分ねじれやすく、力が逃げてしまうことが課題だった。今回は、共同開発する東レの協力を得て、縦横に編んだカーボン繊維の比率を増やすことで、剛性や重さを変えずに、よりねじれにくい板バネをつくった。目指すは東京パラリンピックの金メダルだ。
「私たちは足がないというだけで社会的弱者だと思ってしまうが、義足のアスリートがめちゃくちゃ速くなり、健常者の記録を超えたとき、障害者とは何だろうとみんな考えると思う。そうした社会変革を起こしたい」