撮影:野辺地ジョージ
撮影:野辺地ジョージ

■デナリからの呼び声

 野辺地さんは「写真を撮るために、そして自分の家族のことをもっと深く知るために」、旅に出た。

「祖父は山形県、祖母は岩手県生まれなのですが、15年春、桜前線を追って東北を訪れました。桜が咲く1~2週間前まで雪が積もっているほど長い冬が終わると、あっという間に春になる。東北の花見は『ああ、やっと春がきた』という喜びを現地の方々との会話にすごく感じます。おじいちゃん、おばあちゃんから小さな子どもまで、みんな家族で花見を楽しんでいる。そういう風景に心温まる美しさをしみじみ感じました」

 同年、野辺地さんはアメリカ西部、ニューメキシコ州にある「サンタフェ・フォトグラフィック・ワークショップス」で写真を学び始めた。そして17年夏、日本に帰国した。

 一方、野辺地さんはこれまで「もう一つの祖国、カナダには写真家として訪れたことがなかった」と言う。

「新型コロナが落ち着いてきた昨年春ごろから、カナダに行ける見込みが出てきた。それから地図を見るたびにデナリ、デナリって。それは、ぼくだけじゃなくて、デナリが呼びかけてくるようだった。その声を無視できないっていうか」

 それはまるで、ジャック・ロンドンの小説「The Call of the Wild(邦題『野性の呼び声』)」のようだったと言う。

「子どものころ、大好きな本だった。ゴールドラッシュの時代、カリフォルニア州で飼われていた犬がさらわれて、金鉱掘りに売られ、カナダ北部のユーコンに連れられていく。そこですごく過酷な体験をするんですけれど、オオカミのほえる声に誘われるように野生に入っていく。そんなふうにぼくも、デナリから、おいでよ、と誘われているようだった」

撮影:野辺地ジョージ
撮影:野辺地ジョージ

■カナダ人も知らない土地

 しかし、これほどの長距離ドライブでは運転に時間をとられ、撮影の機会は限られてしまう。なぜ、写真家としてアラスカを訪れるのに飛行機ではなく、車を選んだのか?

「ぼくは生まれたころからずっと旅をしてきました。2008年にメリルリンチからリーマン・ブラザーズに転職したとき、2カ月で6大陸14カ国をまわった。その後も、ちょっとした休みがあるたびにシンガポールやブラジルのリオデジャネイロを訪れた。世界一周を何回もした。移動して何かを体験することに生きがいや楽しみを感じるというか。もちろん、『デナリを撮る』だけなら、飛行機で移動したほうが効率がいい。でも、それが目的ではなくて、旅のストーリー、ロードトリップをするということが重要でした」

 昨年8月、かつて暮らしたバンクーバーを出発し、家族との思い出の地、バンフやジャスパーを経由して北を目指した。

 マンチョ・レイク、リアード・リバー・ホットスプリングス……。筆者が耳にしたことがない地名ばかりだ。そう言うと、野辺地さんは笑った。

「バンクーバーの友人たちもほとんど知りません。それが普通です。みんなアメリカとの国境に近い南側に住んでいて、北のほうにはぜんぜん行きませんから」

 ロードトリップではカーブを曲がるたびに予期せぬ光景と出合う楽しみがあるという。特にブリティッシュコロンビア州北部では多くの野生動物を目にした。

「山や湖があって、そこにカリブーやバッファロー、ヘラジカがいっぱい出てきた。もちろん、ぼくがたどり着く前に素晴らしい動物がいなくなっていたりすることもあると思うんですけれど、そういった気まぐれな出合いがとても楽しかった」

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アラスカ以上に美しい?