岩井:そう。僕は震災後に石巻に行っていろんな話を伺いました。話の中に亡くなった方々がたくさん出てきたんですが、その数が尋常ではない。衝撃でした。その時、記憶ってすごいんだなと思ったんです。覚えているからその人は生きているんだなと。死んでいても気づかなければ生きていることになってしまうことも含めて。逆に、記憶がないと、自分の身は生きていると証明できても、他の人の生を認定できないことがある。そうした思いが、裕里のそのセリフに反映されたのかもしれません。ところで、松さんは普段、手紙を書きますか。
松:お礼状を書くくらいですね。私は母が一年中お礼状を書いている姿を見てきました。誕生日に「カードだけでも書いてね」と言われたり。だから、書くことは嫌いではありません。岩井さんはどうですか。
岩井:僕も手紙は上の世代の方々からいただいたお手紙へのお返事とかですね。久しぶりに書くと慣れてないので一字間違えては書き直し。気がつくと便箋1冊を使い切っている(笑)。「か」と書くつもりが「お」と書いちゃったりしますから。指が勝手に違う文字を書いちゃう。
松:えー、嘘!?
岩井:自分でも「なんでだよ」という間違いが多い。たまに書くとそういうことが起こります。
松:今回改めて岩井さんとまた出会えたこと、ご一緒したみなさんが素敵な方たちばかりで幸せでした。宮城の空気を感じながら撮影できたこともとてもよかった。撮影のための時間を贅沢に使えた現場だったなと思います。
岩井:僕がいつも映画づくりで思うのは、自分が完成品を作っているわけではないということ。あくまで材料を仕込んでお客さんが見て残ったものが多分、僕にとっての作品。なので、見た人の数だけ作品が残る気がするんです。この映画もどんな作品だったかをぜひ教えてください、という気持ちです。
(フリーランス記者・坂口さゆり)
※AERA 2020年1月27日号