「あるときはうつろだったり、あるときはムッとしていたり。またあるときは微笑んでいたり、かと思うと不安げだったり。絵の中に入ってみて初めて、バーテンダーの少女のいろんな感情に触れた気がします。この時代の絵をもっと見たくなりました」
そう話すのは今回のワークショップで、マネの「フォリー=ベルジェールのバー」の主人公になった1人、東京都の会社員、鶴田寛子さん(29)だ。
「美術家 森村泰昌のモリー=ベルジェールの写真館」と名付けられたこのワークショップは、東京都美術館で同作品などを紹介している展覧会「コートールド美術館展」の関連イベント。名画の中に自ら入り込むセルフポートレート作品で知られる美術家、森村泰昌さんが30年前に、「フォリー=ベルジェールのバー」をモチーフに制作したセルフポートレイトで使った舞台装置などを使用して、一般の観客が主人公に扮装し、名画の主人公になりきった。
事前に応募し、「フォリー=ベルジェールのバー」の登場人物となったのは、抽選で選ばれた前出の鶴田さんほか3人。ちなみに私も応募したが、あえなく落選。応募者約80人から3人を選ぶ狭き門だったという。
10月25日、1日限りのワークショップの会場となったのは、東京都美術館の講堂だ。ステージ上には、森村さんが大切に保管していた舞台装置が、30年の時を超えてよみがえった。例えば、主人公が腕をついているバーカウンターの上の酒瓶は、当時森村さんが市販のビールやワインのボトルにペイントしたもの。中身も30年前のまま、ちゃんと入っているらしい。
主人公がカウンターについた腕も、30年前に森村さんが、自身の腕では長さが足りず、「力強い三角形ができない」と作った「付け腕」だ。若い女性の力強い腕をイメージして、当時、男子中学生の腕から型を取ったものが、今回も参加者たちの腕となった。
今回用にリメイクした舞台装置もある。例えば主人公の後ろに広がる背景。実はこの背景、マネの作品では、主人公の後ろに大きな鏡があり、その鏡に映った会場の様子や、サーカス団員の足、そして主人公と絡んでいる帽子の男性などを描いていると言われる。森村さんが言う。
「30年前に作っていたもののお蔵入りになった鏡の部分を、今回復活させました。当時は平面のパネルで鏡に映った部分を表現しましたが、今回は立体です」