酸素が十分に存在する状態において、HIFは常に生産されているが、常に分解され消去されている。それはHIFを酸化(正確には水酸化)する酵素の働きによる。水酸化されたHIFはすぐに分解経路に乗せられてしまうのだ。

 しかし酸素が低下すると、この水酸化も低下し、水酸化されないHIFの量が増える。HIFは細胞核に入ってEPO遺伝子をオンにする。水酸化の酵素が酸素センサーとなっていたのだ。そして通常は合成して分解するという動的平衡状態を維持しておいて、酸素が低下するとこの平衡状態が合成に傾き(分解が減るので)、鋭敏に酸素の状態が検出できる仕組みになっていた。驚くべき精妙なメカニズムといえる。

 HIFの発見、分解機構の解明、水酸化酵素の発見に寄与した3人の科学者、ウィリアム・ケーリン氏(61)、ピーター・ラトクリフ氏(65)、グレッグ・セメンザ氏(63)が選ばれた。

 物理学賞、化学賞については別の機会に総括してみたい。

○福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

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