だが、時間をかけたからと言って必ずしも渋味、滋味が増しているのではなく、むしろ音に攻めの姿勢を見せているのが高野がいつまでもやんちゃなところ。彼のフェイヴァリット・アーティストの一人、ハース・マルティネスのカヴァー「Altogether Alone」もシャープで現代的な音の質感を与えているし、大ヒット曲「ベステンダンク」(1990年)の2019年ヴァージョンも聴けるが、テンポの速いエレクトロ・ダンス・ポップの仕上がりになっている。
どの曲も生楽器の温もりを残しつつも、シンセや電子音によるモダンな音作りを、デビュー当時とほとんど変わることなく若々しい自身のヴォーカルに見事合流させている高野。このあたりはYMOの弟世代であり、実際にYMOの3人のステージのサポートをつとめたこともある彼の真骨頂だろう。ちなみに、アルバムのジャケットは忌野清志郎の娘、百世(momoyo)による消しゴム版画だという。
去年まで京都精華大学で毎週ソングライティングの授業を受け持ってもいた高野自身、若い世代のミュージシャンを相手にプロデューサーとしても活躍している。それだけに、3歳上とはいえほぼ同世代の冨田とは「宅録職人同士通じる部分もありながら、お互いの違う手法や発想が刺激的な録音だった」という。
54歳。それでもこの新作であえて音作りは先輩格の冨田に任せ、素材になってみることで自身のポップ哲学の道筋をしっかり刻んでいく勇気。そして、そんなニュー・アルバムのタイトルに“都市の風習、伝承”という意味を与える粋。ポップ・ミュージックだけど伝統的なフォークロア音楽なんだという彼の強い意志が、ここにみなぎっている。(文/岡村詩野)
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