姜尚中(カン・サンジュン、右):1950年生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。主な著書に『悩む力』『続・悩む力』『ナショナリズム』『維新の影 近代日本一五〇年、思索の旅』など多数/Danny Orbach:1981年、イスラエル生まれ。ハーバード大学で博士号(歴史学)取得。専門は軍事史、日本および中国近現代史。現在はエルサレム・ヘブライ大学アジア学部の上級講師(撮影/門間新弥)
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 イスラエル人軍事史家のダニ・オルバフさんが、『暴走する日本軍兵士──帝国を崩壊させた明治維新の「バグ」』(朝日新聞出版)を上梓。政治学者の姜尚中さんとともに、憲法改正が及ぼす自衛隊への影響などについて語り合った。AERA 2019年9月30日号に掲載された記事を紹介する。

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姜尚中:多くの場合、貧しい人であっても軍に入ると比較的、社会のヒエラルキーが逆転しやすい。軍というのは大衆社会の鬱憤を最も晴らしてくれますよね?

ダニ・オルバフ:おっしゃる通り、軍は階層が流動化しやすい場です。例えば、シリアのアサド大統領は、アラワイト派でとても差別されましたが、軍でのし上がることでマイノリティーのハンディを克服しました。アサド大統領の父親も空軍の将校でした。

姜:ある意味、下克上というのは、社会的流動性が高いわけです。ふだん我々は民主主義と軍は相反すると思っていますが、第三世界では軍が下克上を進めることで大衆化と民主化が進んでいます。やがて軍の文民統制が実現できた社会は西洋型の民主化に向かいますが、それができている国とできていない国がありますよね。

ダニ:日本の場合は敗戦で軍閥にとどめを刺し、形としては民主化が達成されたわけですが、多くの第三世界はまだまだ軍が実権を握ったままです。

姜:現在の政権の最大のテーマは憲法改正です。憲法改正がいいのか悪いのかは置いておいて、戦前は天皇の軍隊としてあり、兵士たちの正当性の拠となっていました。現行憲法に自衛隊のことは書かれていません。ところが改正して明文化された場合、自衛隊は憲法で認められた実力組織となります。

ダニ:そうですね、憲法が改正された場合、自衛隊は防衛省直属の自衛軍となるでしょう。

姜:当然、憲法第1条は象徴天皇制です。憲法第9条に自衛隊の存在を明記すると思うんです。日本でも組織上は防衛省、その上に内閣総理大臣がいることになります。完全に統帥権とは違う文民統制のわけです。

ダニ:その通りです。今は完全に象徴天皇制で、戦前と全く違うことは間違いない。

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