姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
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(c)朝日新聞社
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 日本メディアの話題は、悪化する日韓関係一色に染まっています。その陰に隠れてなかなか目がいきませんが、ヒートアップする米中の貿易戦争によって、世界経済は大変な事態になりつつあるようです。

 その最たるものが、新興国の経済的破綻です。なかでも先行きを案じられているのは、年初からペソが36%も下落しているアルゼンチンでしょう。ここにきてアルゼンチン政府が債務の返済期限延長計画を示したことから、格付け大手はアルゼンチン政府の債務格付けを一時デフォルト(債務不履行)扱いとしました。

 私はアルゼンチンが事実上のデフォルトとなった2001年に、ブエノスアイレスに1カ月ほど滞在しながら取材をしたことがあります。この時のペソ相場は、まるでジェットコースターのように急下降していきました。アルゼンチンのデフォルトの発火点は1997年のタイのバーツ危機でしたが、それが巡り巡ってアルゼンチンの破綻に繋がりました。当時、バーツ危機が世界中を巻き込むことになるとは、誰もが予測できませんでした。「歴史は繰り返す」と言いますが、今また同じようなことが起きるかもしれません。

 近年のトルコやアイスランドの経済危機が記憶に新しいように、先進7カ国に次ぐいわゆる「中進国」は通貨の暴落に見舞われやすいものです。その理由は、国家の格付けが下落する可能性があると一挙に外資が逃げてしまうからですが、今この動きに一番敏感になっているのは中国です。トランプ政権は元の下落を為替操作と言っていますが、実際はそうではありません。元の下落に危機感を持つ中国政府は外貨の流出を恐れています。

 米中間の貿易戦争が長引けば、世界経済の大きな波乱を呼ぶことになるでしょう。そのことは結果的には日本にとっても大きなマイナス要因にならざるをえません。

 日韓問題だけでヒートアップしてそうした危機を見過ごすとしたら、由々しい事態です。もうそろそろ、日韓問題を相対化しつつ、もっと冷静にアルゼンチンなど、世界経済を揺るがしかねない国々の動向に目を凝らすべきです。

AERA 2019年9月16日号