張さんが「持っていませんね」と答えると、女性は「誰かに頼んで、QRコードを印刷してもらえばお金を受け取れますよ」と教えてくれた。
張さんは早速、親戚に相談。用意した口座につながったQRコードを持ち歩き始めた。
効果はてきめんだった。お金を寄付してくれる人は月100~200人に。金額も弾み、多い人では200元をくれる人もいた。「便利になりましたよ」と張さんはほほえむ。
筆者(福田)が北京に赴任したのは2017年3月末。13年夏から14年夏にも北京で留学生活を送っており、2年半で最も大きく変わっていたのが、スマホ決済の普及だった。
以前の北京では、街角の販売スタンドに行ってはしわくちゃなお札を財布から取り出し、飲み物や新聞を買っていた。中国のお札は、日本に比べて汚れている。中国共産党が「邪教」とする気功集団「法輪功」が共産党を批判する内容のスタンプが押されたお札などもあり、それはそれで趣があった。
ところが、今回来てみたら全く現金を使わないで暮らせるようになっていた。セブン-イレブンでの買い物から蘭州ラーメン屋、シェア自転車、地下鉄まで、すべてスマホで済む。QRコードが使えなかったのは、上海の有名観光地・豫園にあった饅頭屋くらい。長い行列を並び終えた末、「現金しか受け取らないよ」とぞんざいに言われた。ちなみにその店は、次に行ったら閉まっていた。
中国ではネット通販大手・アリババ集団の「支付宝」(アリペイ)と、対話アプリとゲームで有名なテンセントの「微信支付」(ウィーチャットペイ)の2大陣営がQRコード支払いを牛耳っており、前者は9億人、後者は8億人の利用者がいるという。大半の人が、両方で支払えるというわけだ。
ここまでくると、現金オンリーという人はむしろ少数派。防犯やレジ設置のコストがかかるからか、現金を敬遠する店も出始めた。だが、スマホを使いこなせないお年寄りは買い物がしにくくなる。さすがにまずいと考えた中央銀行の中国人民銀行は、18年夏に「現金の受け取りを拒んではいけない」との通知を出している。
QRコード支払いの草分けはアリペイだ。元はネット通販の支払い手段だったが、実生活での支払いにも使えるようQRコードをスマホに表示させ、それをカメラで読み取る方法を導入。便利さが受けて急激に広まることになった。
とはいえ、QRコードは1990年代に日本のデンソーが開発した技術で、無償で公開していた。既存の技術をあれこれ組み合わせて、便利さという付加価値をつくりだす。そうした能力で現在、中国人の右に出るものはいない。かつては日本企業のお家芸だったのに、という感傷が聞こえてきそうだ。(朝日新聞中国総局・福田直之、編集部・福井しほ)
※AERA 2019年6月17日号より抜粋