大量のコカインが押収されることも。写真は2017年2月横浜税関(c)朝日新聞社
大量のコカインが押収されることも。写真は2017年2月横浜税関(c)朝日新聞社
この記事の写真をすべて見る
福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授
福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授

 生物学者・福岡伸一による週刊誌「AERA」の人気コラムが「AERA dot.」でリニューアル! メディアに現れる科学用語を福岡伸一が毎回ひとつ取り上げ、その意味や背景を解説していきます。いわば「科学歳時記」。第1回目は、人気俳優・ミュージシャンが使用していて逮捕された「コカイン」です。

【写真】生物学者の福岡伸一先生はこちら

*  *  *

 ヒトの脳はわりと単純にできている。

 ライバルとの闘争に勝つ、獲物を仕留める、ギャンブルに当たる、目標を達成する、性的に満足する――。こんなとき「ドーパミン」という脳内物質のレベルが急上昇する。その瞬間、人間は「快」を感じる。しかしまもなく、ドーパミンレベルは定常状態にもどり「快」は消えてしまう。

「快」は脳にとって最大の報酬であり、繰り返し、人間はこの報酬を求めて行動を起こすことになる。これが進化上、生物としてのヒトの生存本能を高めてきたのは事実なのだが、この「快」をずっと安易な方法で得られることに気づいてしまったのがコカインである。

 コカインは南米原産のコカの木の葉からとれる化学物質。コカインを服用すると脳に作用してドーパミンレベルを高い状態に保つ。すると、たちまち「快」が得られる。ただ、コカインは作用時間が短い。消えるとすぐにまた「快」が欲しくなる。それが依存症を引き起こす。ここまではマスターベーションがやめられなくなるのと基本的には同じなのだが、コカインは中毒が進むと幻覚や錯乱が生じ、心身が蝕まれるという危険がある。

 植物の一成分がヒトの脳に顕著な効果を引き起こすなんていうのは、自然の、偶然のいたずらだった。しかしヒトはいったん知った「快」の抜け道を簡単にはやめられなくなった。これが薬物汚染の背景である。

◯福岡伸一(ふくおか・しんいち)
生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

AERAオンライン限定記事