本谷有希子(もとや・ゆきこ)/1979年生まれ。2000年に「劇団、本谷有希子」を旗揚げ。16年に『異類婚姻譚』で芥川賞のほか、演劇、小説とも受賞歴多数(撮影/片山菜緒子)
本谷有希子(もとや・ゆきこ)/1979年生まれ。2000年に「劇団、本谷有希子」を旗揚げ。16年に『異類婚姻譚』で芥川賞のほか、演劇、小説とも受賞歴多数(撮影/片山菜緒子)

『静かに、ねぇ、静かに』は、本谷有希子さんの芥川賞受賞以来となる待望の新作だ。インスタグラム、ネットショッピング、動画撮影など、SNSを通じてしかリアルを感じることのできない人間の生態を描く。今回は本谷さんに、同著に込めた思いを聞く。

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 不思議なたたずまいの本が現れた。収録されているのは3編である。長編でもなければ短編集でもない。なんらかの部分でいずれもSNSに関係があるようだが……。

「どんなことを書くのか、ゆるく決めておいて、あとは偶然性になるべく任せます。初めからテーマを決めると私の場合は面白くならないんです。今回もSNSについて書こうとはまったく思っていませんでした」

 海外旅行でひたすら画像をインスタグラムにアップし続け、そこにリアリティーを感じて、ポジティブな自分を確認しあう40歳前後の男女3人組。ネットショッピング依存のために夫に携帯を取り上げられ、あっけなくも残酷な結末を迎える女。どうにもならない自分たちの姿を露悪的に世間に晒すため、動画撮影を続ける夫婦。いずれも狂気の領域に足を踏み入れつつある姿が描かれるが、ある意味でもっと怖いのは、書き手がそこに何の感情移入もしていないように感じられることだ。

「LINEを除いて、私自身はほとんどSNSをやらないんです。知り合いからは“一番無縁なヤツがSNSのことを書いてる”と言われます(笑)。でも距離があったからこそ、海外旅行先で旅よりも写真を撮るほうが楽しかった自分の違和感が、この小説を書くきっかけになりました。それにSNSは、あと数年もすると空気みたいになって違和感すら消えるかもしれない。今のうちに書いておきたかったんです」

 違和感は、否定とは違う。そしてもちろん、肯定でもない。そこを書くまでには、あるまわり道があった。

「妊娠→出産→育児と進んで、“女性作家なんだから当然その経験について書くだろう”と思い込み、自分でも何の疑いもなく着手しました。でも、これ以上ないほど個人的な体験のはずなのに、なぜか他人事のようにしか書けなかった。

 1年半くらい書いてましたが、すべてボツでした。作品との距離もうまく取れなくなったので、個人的な題材が近すぎて書けないなら、逆に遠くの風景を書こうと思ったんです。たまたま行ったマレーシア旅行も重なって、こんな小説ができました」

 ところで、3編のいずれとも違う本書のタイトルは何だろうか。謎を解くカギは、タイトルを何度も音読してみること。そして装丁をよくよく眺めてみることだ。ああ、そういうこと!と、気づいていただけるだろうか。そこにも「違和感」がうごめいているはずだ。(ライター・北條一浩)

■書店員さんオススメの一冊

『説教したがる男たち』は、「マンスプレイニング」を世に広めたレベッカ・ソルニット氏の著書だ。東京堂書店の竹田学さんは、同著の魅力を次のように寄せる。

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 その男は本人の前でろくに読んでもいない本について得意げに講釈を垂れ、反論に耳も貸さず、さらに侮蔑的な態度で沈黙させる。著者レベッカ・ソルニットが出くわした“説教したがる男たち”の一人である。

 権力者の暴行、大学での集団レイプやDV、ストーカー殺人など膨大な(氷山の一角!)男性の暴力と、その支配を擁護し護持しようとするさまざまな言説や行為を、著者は仮借(かしゃく)ない筆致でえぐりだし、批判する。“説教したがる男たち”の物言いや振る舞いは、暴力に裏打ちされた男性による女性支配の象徴であることが、鋭く鮮やかに証明される。

 本書は男女問わず自由であるためのマニフェストであり、開かれた批評精神、言葉や想像力への信頼を語ってやまない詩的テクストである。「ファイト!」という呼びかけを本書から確かに受け取った。

AERA 2018年10月22日号