ある産業で需要が生じると、その生産に必要な原材料を調達するため、ほかの産業の生産も誘発される。前述した例で言えば、包装資材の原料、クリーニングに使われる洗剤、時計の部品などで、これが一次波及効果と言われるものだ。さらに直接効果と一次波及効果によって増えた所得は、贅沢品購入や外食機会の増加など消費支出に回される。この消費増加分が二次波及効果となる。経済学では、これら直接効果、一次波及効果、二次波及効果の合計を「経済効果」と呼ぶ。
宮本名誉教授の計算によれば、メルカリの経済効果は8660億円に達した。他のフリマアプリを含めた経済効果は、1兆2068億円という結果になった。
過去に宮本名誉教授が算出した様々な経済効果と比較すると、猫ブームによるネコノミクスには届かないものの、ざっとお花見2年分、阪神優勝19回分。
ちなみに雑誌、書籍など出版物の推定販売総額(17年)は1兆3701億円。メルカリノミクス、恐るべし。
メルカリノミクス1兆2千億円──。恩恵を受けている現場を訪ねた。
包装用品や店舗用品を扱うシモジマ浅草橋本店(東京都台東区)。8階まである各フロアに、紙袋やレジ袋、フードパックなど小売店向けの商品が所狭しと並んでいる。
この8月、新たに設置したのが「通販資材コーナー」だ。店頭のサインボードにはメルカリのロゴ。販売本部の山口和彦部長が説明する。
「これまではほぼBtoBでやってきましたが、郊外の住宅街を商圏に持つ店舗を中心に個人のお客様が増えています」
粘着テープ付きの丈夫な白い宅配袋や小型段ボールの販売は昨年比50%増、プチプチが中についたクッション袋は30%増という。
メルカリが生んだ新商品もある。6月に新発売した「可変式段ボール」は折り目つきで、中に入れるものの大きさに合わせて高さを調節できる。
ECサイトなど業者なら段ボールは各サイズ揃えているだろうが、個人宅ではそうもいかない。出品者が送料を負担することの多いメルカリ。なるべく小さく包んで送料をおさえたいという個人ユーザーのニーズをすくい上げた。
「メルカリがCtoCの市場を作り上げたことで、私たちは新しい顧客が開拓できた。今後の商品開発につなげていきたい」(山口部長)
全国に約300店舗ある修理店ミスターミニットを運営する「ミニット・アジア・パシフィック」(東京)。カバン修理、靴修理、合カギ作製のほか、近年はスマホ修理や時計の修理、電池交換なども手がける。
本社には2フロアの工場を併設し、店頭修理で対応しきれないものが全国からここに送られてくる。靴修理、カバン修理、時計修理で計70人以上の職人が働く。カバン修理の数は16年から17年で48%増加。腕時計の電池交換、ベルト交換は
60%増えた。
経営戦略室長の菅原聡さんは、「メルカリが新しい需要を生んでいる」と話す。
たとえば家でしばらく眠っていた時計は、電池交換しないと動作確認ができず売りにくいため、出品前に電池交換に出す人が多いと菅原さんはみる。店頭でも「メルカリで売るために直したい」「人のものを履くのが抵抗あるからきれいにしたい」という声が増えているという。メルカリの出品商品にも「ミスターミニットで修理済み」といった文言が数多く見受けられる。安心感を与え、高く売ろうという意図だろう。
メルカリと山本准教授の調査でも、「修理が必要だがまだまだ使えるものを修理して出品してみたい」という意向が42.5%に上ったという。「修理したほうが高く売れるから」という声のほか、「修理したほうが買った人が喜ぶと思うから」と出品する商品に付加価値を提供したいという思いも見られる。
「本当にいいものとは、リセールバリューの高いもの。安いものを使い捨てるのではなく、質のいいものを、直しながら大事に使い続けていく。ひとつの成熟した消費の形ではないでしょうか」(ミニット・アジア・パシフィック菅原さん)
(編集部・高橋有紀)
※AERA 2018年9月10日号より抜粋