
『TIMELESS』は、『きことわ』で芥川賞を受賞した朝吹真理子さんの新作だ。今回は朝吹さんに、同著に込めた思いを聞く。
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『きことわ』での芥川賞受賞から7年の時を経て出版された朝吹真理子さんの新刊『TIMELESS』。物語の舞台として具体的に年代が設定されているのだが、描かれる世界はまさにTIMELESSである。このタイトルと「恋愛感情を抱けない女の子と被爆者の祖母をもつ男の子が、恋愛感情のない生殖のやりとりをする」という骨格は『きことわ』執筆後にすでに浮かんでいたのだという。
「二人の後ろ姿と、秋の金色の野原の景色は見えていたんですけど、それを追いかけて文字にすると始まりばかりを推敲し続け、流転してしまう。小説の一瞬の景色が泡みたいに浮かんでは消えてしまうことが数年続きました」
朝吹さんはこの小説の執筆中、演出家の飴屋法水さんに誘われ「国東半島アートプロジェクト」で演劇のテキストを執筆するために参加している。当初、「小説ができていない」と参加をためらう彼女に飴屋さんは「まりっぺが書けても書けなくても初日は来るし、千秋楽も来る」とありがたい言葉をくれた。大分県で合宿しながら演劇のテキストを書く日々。この経験は大きかったという。
「国道でよく鹿や猪が車にはねられて放置されているんです。亡骸を飴屋さんのアシスタントが合宿していた家の庭に埋めていて、ずっと香っていたお線香の匂いと、ホームセンターで買ってきて植えた花がすごく勢いよく育つのを感じていました」
小説として形になったのは、歴史家の磯田道史さんとタクシーに乗って東京・六本木に差しかかった時に、彼が言った「このあたりは江姫が火葬された場所なんですよ」という言葉がきっかけだった。
「道には死の時間がある。普段は一応、今の時間が流れていると思って歩いていますけど、過去にならない過去や未来も含めていろんな時間が同時に遍在しているうちの1本が現在なのであって、他の時間は遮断して見ないようにしているだけなんだと。今までなんとなく感じていたことを磯田さんと感じられた。その経験で、ここからだって気づくことができました」
小説の主人公であるうみは、夫であるアミと六本木を歩く。そこは六本木であり、400年前の麻布が原でもある。そして、隣にいるのはアミかもしれないし、アミではないかもしれない。道に埋まっている命も、隣を歩いている命も同列で、その境界は曖昧だ。小説でしか味わうことのできない得難い経験をさせてもらえる一冊である。(ライター・濱野奈美子)
※AERA 2018年8月13-20日合併号