AERAで連載中の「いま観るシネマ」「もう1本 おすすめDVD」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき映画とDVD作品をセレクト。「いま観るシネマ」では、監督や演者に直接インタビューし、作品の舞台裏を、「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しいおすすめDVDを紹介します。
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■いま観るシネマ
沖田修一監督が、画家・熊谷守一(モリ)のことを知ったのは、岐阜で「キツツキと雨」(2012)を制作している時だった。出演俳優のひとり、山崎努さんから「近くに(熊谷氏の)記念館があるから行ってみたら」と言われたのがきっかけだ。その時は都合がつかず行けなかったが、後日、熊谷氏のことを調べたところ、晩年の約30年は自宅の敷地から一歩も外に出なかったことや、石を眺めているだけで一日過ごせるというエピソードを知り、「すごく面白い人だな」と思ったという。
次第に「山崎さんが熊谷守一を演じる映画は面白いのでは」という思いが芽生え、映画化の可否はさておき、まずは台本を書くことにした。
「できた台本を最初に山崎さんに読んでもらい、断られたらこの映画はなしにしよう」
結果、山崎さんから快諾の返事をもらう。その日、沖田監督は近くの温泉に一人で行ったほど安堵したという。
「でも、うれしさより、大変なことになった、という思いの方が強かった。自分でオファーしたのに、本当に実現することの緊張や怖さがあった」と当時の心境を明かす。
映画の舞台は、モリ(94歳)と妻の秀子(76歳)の元に、人が入れ代わり立ち代わり訪れる夏のある一日だ。
「隠居生活ではなく、人がたくさん来て忙しいというほうが皮肉で面白いと思って」
来訪者の一人、カメラマン助手の青年・鹿島はモリのことをよく知らない設定だ。
「実際、熊谷守一のことを知らない人は多い。モリを偉人だと思っていない若者の存在は、一番お客さんに近い目線なのではと思っています」