コンピューター将棋は、当初はルール通りに指せれば、ましなほうだった。その強さは、人間の上級者にはとても及ばない。弱いものの代名詞のようにも語られた。
藤井聡太は5歳で将棋を覚えてわずか1年余り、6歳の時にはアマチュア初段になっている。天才藤井ならずとも、賢い少年少女であれば、決して珍しくない上達のスピードである。しかし一方で、コンピューターは、アマチュア初段になるまでに、実に20年ほどの歳月を費やしている。そうした弱いコンピューターと対比して、棋士は人類を代表する優秀な頭脳の持ち主と、称賛もされてきた。
「名人に勝つ」という究極の目標のもと、プログラマーたちは悪戦苦闘しながら、開発を続けた。中には85年にリリースされた「森田将棋」で知られる、スタープログラマーの故・森田和郎のように、いずれは名人に勝てる時代が来ると見越していた開発者もいた。
「コンピューターがプロ棋士を負かす日は? 来るとしたらいつ」
今から20年以上前、96年に「将棋年鑑」に掲載されたアンケートに対して、当時のある若手棋士はこう答えている。
「そういうことになったらプロは要らなくなるので来ないよう祈るしかない」
人工知能が恐れられる理由の一つは、知的な分野において、人間の職が奪われてしまう、というものである。棋士は知的職業の最たるもの。もしコンピューターが名人を超えてしまえば、その存在理由が問われる、というのは、当然の発想でもあった。
●コンピューターの名人超え 暗い影落とした「不正疑惑」
多くの人間の思惑をよそに、コンピューター将棋は着実な進歩を続けていった。05年、保木邦仁(現・電気通信大学准教授)が発表したソフト「Bonanza(ボナンザ)」は、コンピューター自身に過去の人間の棋譜を学ばせる「自動学習」を採用し、画期的な成功を収めていた。その手法の有効性がわかったこともブレイクスルーとなり、00年代半ばには、棋士の足元に迫るまでに強くなっていた。その後はあっという間に、棋士に追いつき、追い越す段階を迎えていく。往時の弱さを知る者からすれば、夢を見ているような、爆発的な上達のスピードだった。